体温
いつでもどこでも誰でもが自由に聴ける今日において当時の作品を上回る名曲が生まれぬ不思議。ベートーヴェンの第九、いや、あの弦楽四重奏以上を超える作品など。
年に一度の礼拝時にしか披露されぬ、他の場所では何人たりとも演奏は許されず、厳重に管理されている門外不出の手稿譜が盗まれた、否、写譜せずと演奏を聴いた少年が譜面を再現、その罪やいかに。教皇庁が下した処分や破門ならぬ勲章、贈呈された少年こそが神童モーツァルト。その演奏を聴かんと職を辞すに厭わぬ覚悟で片道二百マイルの行程を踏破せしは若き日のバッハ。やはり回数以上に一度だけの機会をものにせんという飽くなき執念こそが。
このたびの議案の一つに「テレワーク用パソコン等の取得について」なるものがあって、庁内にパソコン1,030台と付随する通信機器、ソフトウェアのライセンスを購入すると見かけた。さすがに一斉は大袈裟にせよ、仮にそれだけの職員が自宅勤務を命ぜられて現在の職場以上の真剣度を以て仕事に向き合うとは思えず。あくまでも隣人の監視の目がそうさせるのであって厠と称して画面から消えてしまえば後は追えぬ。むしろ、それだけの余裕があるのであれば更なる職員削減の余地があるのではないか。
いや、それが受注先の儲けとなるは構わぬも税金である以上は「さすが」と思われるもの、思われずとも無駄ならぬ、更に申せば後の憂いにならぬもの、つまりは、その後において少なからぬ負担と手間が生じぬかとの懸念。目的欄に「地方創生臨時交付金」と見れば、ぶら下げられた餌に食いついた、火事場の泥棒が如く世の騒ぎに「便乗」しとる側面はあるまいか、などと。
が、それ以上に憂慮するはGIGAスクール構想。「一人一台」「高速大容量」と目を惹く字句が並び、単なる活用ツールに留まらず劇的な変化を生むきっかけとする、との決意や分かるのだけれどもかつての「電算化」が手間を省いたような効能が見えぬ。そもそもにまずは改善せんとする課題があって、その解決を図る為に安からぬ投資の承認を求める、となるべきも先が見えぬ不安。
原始時代に戻れとは言わぬまでも功罪が見えぬ中において「劇的な変化」を目指すはリスクが大きすぎやしまいか。石橋を叩いて渡る役所にしては随分と大胆な決断の背景とは。教師とて教育の専門であってパソコンの専門家ならず。たびに業者に連絡、それ専門の職員を各校に配備するとなれば。自宅にいながら、となれば何も担任にあらずと授業は可能な訳で、自らの存在意義が薄れゆく脅威に「のろし」上がらぬ不思議。
すっかり多摩川の河川敷が定番のコースになってしまった。がむしゃらにボールを追いかける、奪い合う子供たちの元気な姿。休息時には半円となりて指導者の話を必死に聞く、その視線やちゃんと相手の目に向けられており。そのひたむきさこそが生きていく上で肝心なことであって、恵まれた環境が当人の人生を保証するとは限らず。
画面からは伝わらぬ体温。杞憂に終わることを願いつつも壮大な実験の結果やいかに。
(令和3年2月15日/2624回)
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