町議

支援者から届きしダンボール箱の中や本の山。いづれもそのジャンルであり。飽きさせぬ展開に驚愕の結末等々、読むに全体のレベルの高さが窺い知れて。新宿鮫しかり、警察小説の中でも同一主人公によるシリーズもの少なからず。

鳴沢了を主人公とするは堂場瞬一氏の作品。その第一作「雪虫」の舞台や新潟。海に沈む夕日の中でも「上越」こそが、と文中に。言わずと知れた私の郷里。旅先にて夕日を目にすること数あれど確かに。いや、まだ知らぬ土地、玄界灘なんてどうか。

御親戚がそちらの町議会議員。んな話を聞かせていただいたのは数年前。視察か何かの折に立ち寄りを、と。が、残念ながら御当地には何もない、いや、本当に何も、と支援者。いや、どんな小さな村とて、どんな小さな自治体の議員とて必ず学ぶべきものあり。「ついで」とは僭越。それこそが十分に目的となるものであり、聞かば行くべし、と。

手土産を片手に役所を訪ねて知らされる事実。先生は既に過去の人、と申しても故人ならぬ現役を退かれた身となっておられ。ふむ、どうしたものか、と逡巡しとると、こちら側で御自宅にお届けしますよ、と職員。すまぬが、そうしてくれぬか、と丁寧に。先生の名を告げるに相手が顔をほころばせるは慕われていた証左。

当日の夜に支援者から御礼のメール。翌日の予定を聞かれて焼物の勉強でも、と返答するに、ならば、彼の友人の窯元がおすすめ。荒々しい刷毛目のアジのある作品と。そう、「アジある」とは便利な表現であり。いかなる作品とて陶芸家が精魂込めて作ったものに違いない。が、そこに優劣、いや、モノの価格となると。これこそが優れた名品と聞いても、美観は人それぞれ。

見てみよ、この何ともいえぬ色合いに絶妙なヒビの入りなどは当人にしか、などと聞かされてもどことなく押しつけがましさ、というか。されど、否定するも相手に失礼と知ってか、確かに「アジある」作品、と返しておかば。彼こそが、なんて立派な肩書を告げられても、そこに客観的な指標がない以上、その価値を説くに営業力が勝った可能性とて。

隠居後の趣味に陶芸とはどことなく高尚に見えたりもして。とりわけ、窯で焼く一手間。物事が全て上手くいくが理想と知れど、それでは退屈。上手くいきそうでいかぬところ。そのマゾヒズム的な刺激こそが人を道に誘い込む悪魔の誘惑。とするに、陶芸に劣らぬはやはり。

何と申してもゴルフはウソをつかぬ。「アジのある」なんてのは通用せず。いかに自らを自慢げに語れども、突きつけられるスコアこそが誰しもに頷かせる残酷な現実であり。そう、彼もまたハマりし一人。フィッツジェラルドの「冬の夢」を読み終えて。

そうそう、酒に夢中で玄界灘の夕日を見そびれてしまい。いや、あれこそ美観だから。

(令和8年7月26日/3009回)