三国峠

贔屓の作家の新刊に三十年ぶりのクラス会の案内を聞いた主人公が当時の恩人へ御礼を言う為に出席を決意するシーンが登場するんだけど、私の学年も来年が卒後三十年だとかで早くも準備に余念がない。
こちらじゃいつも脇役なれど向こうに戻れば押しも押されもせぬ主役級な訳で。そこに生活実態が無いもんだから些か負い目を抱きつつも「乞われて」この夏二回目の帰省を終えた。何もその為だけにわざわざ...と倹約家の母の小言が聞こえてきそうで内緒で宿を探せば何処も彼処も満室ばかりかようやく見つけたビジネスホテルも数割増の料金は納得いかず。私はやんごとなき事情なれど盆は実家に泊まるんぢゃないのかと。
どうせなら「ついで」を見つけたくなるもので、シューズに着替えといつでも用意は怠らず、後は荷物を預けるロッカーとシャワーがあれば十分。となればやはり目の前に温泉が並ぶそちら。越後湯沢と三国峠の往復を目指したんだけどさすがに「ついで」には無謀が過ぎたか、雨にも降られて途中で折り返すことに...それでも随分走ったけど。
そう、当時などは東京といえばとんでもなく遠いところで特急「あさま」で半日以上、昼食は横川駅で峠の釜めしと。それが上野と新潟を結ぶ上越新幹線の開通に長岡経由になり、その後は越後湯沢と私の郷里の直江津を結ぶほくほく線が出来て更に近く。長野新幹線から北陸新幹線へと路線を伸ばしたものの上越妙高駅は随分手前なもんだからそこからは在来線。が、その本数が著しく少なく...。
同級会の下準備のはずが、卒業アルバム片手にアレコレと昔話に花が咲く。誰と誰の関係がどうだったとか、私の知り得ぬ恋バナに誰それの近況云々と。全八組もあれば消息不明も少なくなく、目撃情報が寄せられるも潜伏先までは掌握できず、手がかりはアルバム巻末の実家の連絡先のみ。およそそんな厄介な役回りは私の仕事らしく携帯片手に番号を押せば突然の電話に動揺する母親に後ろから「やめておけ」の父親の声。それでも受話器を置く間際にそっと近況だけは教えてくれた。
ヒロインのKさんなどは知らずと近くに居るらしく、いつぞやに私のポスターが話題になったと聞いて「随分勝手ぢゃないか」と詰め寄れば「向こうは高嶺の花ゆえ」と意味不明な回答。小学校以来のN君が料理の道に進んだというのは知ってはいたものの、今や気鋭のシェフとして都内で御活躍だとかで、こちらは機会を狙っているんだけど、当時はキャベツとレタスの違いも分からなかったぞと聞いて些か尻込み。
校内でも指折りの成績だったI君などは進学校から国立大、県庁へと何とも当人らしい順調な人生を歩んでいたらしいのだが、数年前に不祥事で懲戒免職になったとか。成績こそ劣らぬまでも当時から傲慢だった私も彼の日頃の姿勢に教わることも多く、あの性格を知るに何かよほどの事情があったとしか思えんけど、その後、消息が途絶えていると。
何かしらの負い目があると疎遠になりがち、されど、それを気にせぬのが机を並べた仲というものではないかと。
(平成29年8月16日/2371回)