大人

本来ならば存命が条件なれど死期は選べず、生前の功績に授与される栄典。私が特段の便宜を図ったものではないのだけれども叙勲の栄に浴された故人の令嬢が御礼に、と庁舎を訪ねていただいた。「議長殿」ならぬ「やまちゃんへ」に始まる気さくな一文が記された付箋の付いたCDには元議長の父君が生前に愛した名曲が収録されているそうで。

そんな自慢話を後部座席にて披露すれば劣らぬ遺品があると手元に届いたCDケース。主が主だけに当時の車内に流れる曲はそちらばかり。曲のみならず指揮者に楽団を含めた元議長の名解説に折角の好機を逸すまいと当時の運転手が必死にメモして自ら購入または図書館で借りて複製、積もり積もった枚数は百枚以上。そんな収蔵品から今日も一枚。

さて、役職とは奇縁にて不思議と局面に応じた配役になると聞いた。適材適所などと申しても人に点数が付くはずもなく。それが政策的な話であれば理屈が通じるのだけれども人事だけにそこを問うても無意味、まさに「是非に及ばず」といったところか。失態を演じぬよう補佐役が脇を固めておるのだから然したる資質はいらぬ。人としての常識を備えておれば私でも...。おい、君のどこに常識があるんだ。いや、今回は議長ならぬ別な役職の話。

ソレを巡る騒動は今に始まった話になく、過去にもそんな局面があったと記憶するが、人事は鬼門。そんな時の為の御意見番なのだからと助言仰げば、「公平に見えて必ずしも公平になく、採決は遺恨を残しかねぬゆえ順番こそ理想、割れるなら余計に」とおらがセンセイ。そこに介入を許さぬは順番。同期であれば年齢順、補選は半人前、ならば途中に落選挟みし同期の扱いやいかに。通算は同じくも順番が上となるのは初当選の古さか連続当選の重みか、そこに一応の慣例らしきものあれど明文化されておらぬ以上は...。

当人に権利なく推薦される身とあらば吉報を静かに待つが「大人」ってもんなれど老いて益々盛ん、じっとしておられぬらしく。一つの枠を争うは御隠居二人、悩む現職。いづれに異論なきもどちらかを「選ぶ」となると話は別、こちらに恨みなくとも相手の恨みを買わぬとも限らず、逆恨みの報復などされてはかなわぬ。当事者同士の協議での決着を斡旋すれど拒絶されたとか。身内争いほど醜いものなく、互いに知らぬ仲ではあるまいに。

動かぬ局面に団長が下せし判断は採決ならぬ「無記名」投票。やる以上は隙を与えず電光石火、奇襲に勝るものはないのだけれどもそれは卑怯とばかりに物言いが付いて。来るべく決戦に向けた多数派工作は仁義なき戦い。降りかかる火の粉から逃れるべく議長室に退避したものの、侮れぬ相手は関所を突破して「我こそが正義也」と。

彼がやりたいなら道を譲る、いやいや、私のほうこそ。それこそが我が国の美徳ではなかったか。そして、何よりも後輩に迷惑をかけれぬ、そこが優先されねば「大人」にあらず。垂涎の役職こそ手中に収めれど、そこに失いしものとて小さからず。欲深き末路は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に見るまでもなく。そんなみっともない大人になるなよ。いや、その立場になれば私も...。

(令和2年7月10日/2581回)