墓石

巷の雑音など聴かねば迷いも生じぬ訳で。難聴者に御長寿が多いとおらがセンセイに教わった。数年前に庭の木から転落、重度の骨折に寝たきりだった身も脅威の回復を遂げてあとは補聴器のみ。ってことは、いや、悪い冗談。

当人の意中に「中止」の文字は無かったと門下生。案内が届いた以上は顔を出さねばならぬも長居は無用、昼食時を狙って足を伸ばさば「ちょうどいらっしゃいますよ」と受付。恒例の書道展に祝辞以外の話題を何とするものか。

目下、市議会宛の請願は議員の紹介が必要であって署名捺印された本編が私の手元に届くもその筆跡や個性に溢れ。私とて塾に通い続けたはずもつい羨んでしまう他人の字。そこに天賦の才なるもののありやなしや、に語られる昔話。

当時、高校生だった当人、国語ならぬ美術の先生が達筆であることに気付き、その理由を訊ねたそうで。字の下手な人は蔑まれた時代。四国の貧しい家の生まれにて習うにも月謝が払えぬ。されど上手くなりたい一心に閃きしは「墓石」。刻まれし字を拓本してそれを手本に必死に書写に励んだ、と。

向上心というか、字に向き合う姿勢、そこを意識するか否かが肝心。通ってみるか、と水を向けられるも丁重に御辞退申し上げた。

閑話休題。容姿に言及するは人として風上にも置けぬ。それも本会議とあらば屈辱以外の何物でもなく。一応、過去の会議録を探せどそれらしき記述なく、よもや知らぬ間に削除されていたりもして。が、確かに言及されたはず。発言の主や前述のM君。

顔の良し悪しは言わぬ。されど、明暗を問われれば少なくとも前者とは言い難く、朴訥とした語り口は倹約せねばならんと周囲に思わしめるに十分にてそれだけでも相当な効果があったのではあるまいか。いや、意外とそんな人物に限って定刻後に豹変したりも。付き合いは疎遠にて裏の顔は知らぬ。そんな市の勘定奉行が定年を迎えられるとか。

見えぬ時短の解除。片棒担ぐはあの御仁。依然と逼迫しとる状況に変わりはない。生殺与奪を握るは我々と言わんばかりの会見に胸中や複雑な方は少なからず。消えぬ憂いに表情晴れぬはどこぞの財政局長、いや、口が滑った、勘定奉行に同じ。口が裂けても「心配いらぬ」などとは言えぬ立場。憎まれ役というか何とも損な役回りではあるまいか。

そもそもにその年齢になれば肥満というか生活習慣病などと診断されぬほうが稀な訳でさすがに無傷とはいくまい。特段の不調なきも念の為の健診に寿命を縮めたと思しき例に事欠かず。禁煙に従わぬ御仁がしぶとかったりもするもので。いや、その位ならまだしも手術せねば助かる見込みはない、されど、手術にて完全に治るかと問われれば絶対はありえぬと。

相手を救わんとするに偽りなくも全て真に受けては寿命を縮めかねぬ。「主治医の所見は分かった、されど」と勝手を通すこともなきにしも非ず。それが往生際とあらば尚更のこと。それを許すのか、なんて質問は聞くだけ野暮ってもんで。

医療人として当然の見解、絶対に安全とは言わぬ、いや、言えぬ相手に患者の判断やいかに。

(令和3年2月25日/2626回)