七訓

公演中止に伴う払戻について、との知らせが届いた。同じ中止でもマラソン大会などは諸経費を除いた分を返還との内容が目立つもこちらは全額とあって、少なくとも振込み手数料くらいは、と逆に。それにしてもマーラーの交響曲第三番を聞き損じてしまったのは何とも残念。

当事者の欠席に授業は継続、欠席者が一定数に達した段階で学級閉鎖を検討する、というのが従来のはずも。一人の陽性者に全員が濃厚接触を疑われ、学級閉鎖もしくは休校となる事例も少なくないとか。迫りくる入試日。何ら体調に異変なくも下手に認定されて自主隔離など課せられては。君子にあらずとも危うきには近寄らぬに限る、とばかりに欠席を決め込む生徒が後を絶たぬとか。

幸いにしてうちなどは塾に通わせとるゆえ何とかなりそうなものの、大幅な授業数の減少に期末試験が中止となるばかりか、入試当日までに履修が間に合わぬ現場。予期せぬ事態、不可抗力と申してもソレを理由に学習の機会を奪うとは何とも解せぬ。いや、授業を受ける、受けぬはあくまでも子の権利、というけれども受けさせる「義務」を負うは親であることをお忘れなく。

突然の宣告のみならず、当面の間とあらば保護者の困惑は当然。休暇を取得するに会社側の都合もある訳で。相次ぐ保育園の休園。懸念されるは患者の症状以上に社会機能の麻痺。本来ならば少しでも混乱を減らさんとする方向に自浄作用が働かねばならんのだけど、ヘンな力学が働いて、社会が翻弄されているようにしか見えぬ。

御子息の陽性判明に保健所の指示を待つよう自宅待機を命ぜられど、なしのつぶての状況にM君から連絡があって。テンパってる可能性が高いゆえ、と疲弊する現場の窮状を告げた。

日々、患者等の発生について市からメールが届くのだけれどもその項目に「経路」「症状」があって、経路は「陽性者と接触」「家庭内」「未定」の三つ。症状は「重症」「中等症」「軽症」「無症状」に「調査中」の五つの分類。こと陽性者数とともに「未定」「調査中」の割合が上がり。経路などは「未定」九割、症状にあっては全てが「調査中」と手が回らぬ状況が窺い知れて。

決まりである以上は把握せんとする保健所の職員たちの涙ぐましい努力は否定せぬ、が、労多き割に結果が報われぬことは世に少なからず。そもそもにその区分けとて恣意が介入する余地が大きく。まさに青息吐息の現場にあって、そんな時こそ負担を軽減する事務点検を実践してみてはどうか、と。

野にある如く、とは利休七訓の一つ。いけばなのことを知らぬ厄介な勘違いは、外に咲く花を切り取ってそのまま花生けに挿す意と解釈してしまうこと、と古本屋で入手した「三人三様」の勅使河原蒼風氏の随筆に見かけた。規範が不要とは言わぬ、が、バカ正直に人のいうことを鵜呑みにしても命まで保証してくれるものになく。

某所にて遊技店並みの派手な看板の店舗に出入りするは青い防護服のスタッフ、道ゆく人の呼び込みに余念なく。看板や防護服以上にその表情に違和感を抱いてしまったのだけれども。「無料」の対価やいかに。

(令和4年1月26日/2690回)