綱引

異動後、初めての庁内会議。局長以下、顔合わせ等の重要な意味を有する初会合に遅参ならぬ欠席とは大物の証。あの彼がなぜ、今の役職とて似つかわぬ、というに、更に上の役職を狙いそうな勢い、とか。

いや、本人にすれば当然、とその気でおられたやもしれず。更なる昇進に欠かせぬは市議の口利き、と本人が思ったか否か。数軒隣りのテントまで押しかけて、腕を掴まれたまま。さながら署に連行される犯人が如く。さ、さ、こちらで、との自宅に招き入れるかの歓迎ぶり。段ボールをテーブルに見立て並ぶ豊富な酒類、どこに隠していたのか、崎陽軒のシュウマイ弁当を酒の肴に。

当人曰く、仕事の要諦は「出来るものはやる、が、出来ぬものはやらぬ。そこに尽きる」と豪語するも、いや、白を黒にしてこそ、と言いかけて。いや、私なんぞは野球部の出身にて学年が一つ違わば上の命令は絶対と、その割には局長よりも。言わずと知れたH部長。

昔ながらの大企業にあって連帯を保つに欠かせぬは福利厚生、その中でも。家庭を顧みず会社の為に尽くすことこそ美徳とされた時代にあって、せめて年に一回でも家族との時間を、と。

今や子は両親がともに育てる、いや、社会が育てるなどという時代。春休みに旅行でも、と父親を演じるに余計な口を挟むなと妻に窘められ。そんな独身族にとっては人事異動に離れた職場にあって再会の場ともなり。

集団よりも個が優先されがちな今日、薄れゆく価値観。少なくとも私は大賛成。数年ぶりの職員運動会が行われ。

こちとて親子水入らずの中にズケズケと介入はせぬ。そう、誘いを受けるはその局にて。ちゃんとTシャツも用意してあると。呼ばれたからには手ぶらでは行かぬし、どこの局とて課題を知り得る身、ちゃんと自らの役回り位は。

ヤンチャな連中が大半を占める中に迎えるは新任の局長。畑違いもいいところ、それも主計上がりと聞かば任務はそこしか浮かばぬ。既に十分に疲弊した現場にあってこれ以上。募る現場の不安。が、そんな事情は向こうとて同じ。自らの役職こそ上なれど現場の荒くれ者たちを相手に一揆など起こされては。互いに掴めぬ相手との距離感。そう、キャッチボールの舞台こそ。

が、連行されて以降、帰るに帰れぬH部長の独演会。業を煮やした現場のMさん、センセイ、出番、と救いの手。運動会といえばその種目。局別対抗の綱引。下馬評の通りの勝ち上がりを見せ、迎えるは準決勝。相手は上下水道。確かにヤツやも腕自慢を抱えているだけに侮れぬ相手。そうか、オレの出番か。昔は力自慢でならしたこの腕力で。ましてや私服とあらば見分けはつかず、ゼッケンさえ借りてしまえば。いや、光る監視の目は盗めず。

それでも勝利して迎えた決勝の相手や。庁内屈指のあの部局。いや、さすがに奴らは腕立て伏せが仕事のようなものにて万が一にも。いや、個人戦ならばそうかもしれぬ、が、団体戦とあらば。そこに綱を握るは新局長。どう見ても腕力よりは頭脳にしか見えんのだけれども自ら現場の最前線に立たんとするその心意気やよし。そこに生まれるは一体感。

優勝胴上げが何ともいい雰囲気で。あとは心配いらぬ、か。

(令和6月5月15日/2853回)