狛犬
朝ランに寄りし神社にて、「狛犬の顔も険しき霜の朝」と詠みし句が高評価を得て。年内最後の句会を終えた。
「働いて」×5が時の総理ならば、「書いて」×10がその人。独善的、我が道を邁進するその姿はワーグナーになぞらえられるも当人のほうが生年は前であり。元々はしがない三文文士の彼を覚醒させるは「恋」。性に寛容なあの国にあって不倫とは語弊あるやも。異性との情事、それも年差離れた相手との。
当人曰く「男の初恋を満足させるのは女の最後の恋でしかない」と。その遍歴に生み出された傑作の数々。ふとした縁で知り合いし女性との話題がそちらに。彼女にして世の最高傑作はその作品。ぜひ、読むべしと。
冒頭から挑発的な一文。このドラマは作り話でもなければ小説でもない、「All is true」、つまりは全て真実。とするとその人物も実在か。オノレ・ド・バルザック作「ゴリオ爺さん」。
仏映画並みの展開の遅さはややくどい感あれど、心の奥底に潜む内面の描写が秀逸。併せてその壮絶な人生に迫らんと彼の伝記も古本屋から取り寄せて。氏名の「ドde」が示すは貴族の証、と申しても本人が勝手に。サマセット・モームにして彼こそが天才と。
閑話休題。長らくの支援者Hさんからの突然の着信。相談の内容や近所の母子家庭を巡るもの。情緒不安定な娘がふるいし親への暴力が日に日に。過日も近所のスーパーにて騒動あり。母親が仕事中にてHさんが駆けつけるに平常心を取り戻し。我が子とはいえ、もはや手に負えぬとの悲痛な叫び。
まさにそれこそが彼らの仕事、児童相談所、児相を頼らんとするも、当人の年齢や二十歳を過ぎ。何もその年齢にて発症したものにあらず、幼少期から兆候あったと見るが妥当。過去を聞くに専門病院への入退院を繰り返す中にあって今や日中の居場所は自宅。施設への入所といかぬまでも通所なる選択肢とてあるはず。内容が内容だけに他人様には知られたくない親の苦悩が。
んな時の頼みの綱となりしはその人。本来は発達障害の専門家なれど、数多くの事例に向き合うに培われし豊富な経験は困惑する保護者に救いの手となり得るもの。要対協とはそれらを包含する呼称。本来、支援を必要とするはずの方々ほど周囲との接触を自ら断たんとする傾向あり、通所に繋げても長続きせぬこととて。憂慮すべきは孤立化、そこを防ぐに欠かせぬはチームの力と。
その中心的役割を担いし役所に温度差。どこぞに回して終わり、のところもあれば、それぞれが及ぶ限りの手を差し伸べんと連携を見せるケースもあったりして。それが区によって違う、と。それが個の職員や管理職によって、とあらばさもありなん、が、この間ずっと区によってそれほどの隔たりあるとはにわかに信じがたくも、それこそが「真実」と。
以下はあくまでも当人の推測なれど、そこに格差生じる元凶や庁舎の構造。横に広い庁舎と縦に伸びる庁舎の違い。いみじくもかつて全く同じ話を役所にその人ありといわれた福祉の鬼が言及しておられ。それとて気のせい、いやいや、身近な実例を年明けにでも。
それでは、よいお年を。
(令和7年12月31日/2969回)
0コメント