打順
一目で分かるその筆跡や地元の傑物M平どんのものであって、郵便物の裏面、差出人の横に自筆の一文、「人生最後は勝者になろうじゃないか!」と。勝者か。
性差、年齢に距離同じでは。優遇と思しき措置か、前方に特設ティーあり。選ぶ選ばぬは個の勝手。あくまでも要件に該当すれば権利を有するだけで。打たんとする視野に徘徊されてはかなわぬ、というか危険。旗から遠い順に打つが決まり。
それは打ち始めのティーとて同じ。同じティーから打つのであれば打順は前のホールの打数が少ない人が先。つまりは老齢と女性は「必然的に」後となるはずも、前方に人影あり。順番を、と言わせぬ図太さ、厚顔ぶり。
そこに立たば身分肩書に上下なく、誰も言わぬ、いや、言えぬのならば私が。制止するは同伴のTさん。当人のせっかちな性格は誰しもが知るところであり。こちらが先に打つにせよ背後でそわそわされたのではかえって迷惑。好き勝手にさせよ、と。確かにもたもたせずに自らも早く、素振りもせずにそのまま。
決して好調とはいいがたき中に迎えし最終18番ホールのグリーン上。これも遠い順から。残り3mのパットがほんのわずかに右にそれて。うなだれてそそくさとグリーンを下りてカートに向かう本人。これから他のメンバーが打つというに。
たかが一パットに何をそこまで。キャディが一言、今のが88打目、つまりはエイジシュートのかかりし一打だったと。いや、確かに自然体に見えるもどことなく慎重、というか目に見えぬ気迫の伝わる一打だった感が。
表彰前の講評に立ちて述べるは敗戦の弁。今日の一戦に備えて昨夜は早く床に就いたはずも寝れなんだ、と。88歳にして前夜の興奮を抑えきれぬはゴルフの魔力か本人の若さか。88歳にして高揚感を味わえるは何とも贅沢。今夜はよく眠れますよ、と。
久々の同組にておらがセンセイとのラウンド終え。爺様連中の相手にて所作、言動に教わること少なからず。どこぞの退屈な会議よりもよほど教訓多く、人生を豊かに。
閑話休題。京の中心地からさほど遠からぬ実家の客殿から眺める広大な庭に見る四季折々の顔。裏庭と思しきは他人様の敷地、というか有名な神社の境内であり。境界に垣根などとセコいこと言わず。まさに借景とはそのこと。
社会人時代の仲間の一人がそちらの生まれ。一人暮らしの母君も寄る年波には勝てず施設に。長男である以上、毎週末は京都との往復とか。進む認知症に、あんたええ人そうやけどこれまで何か御世話になったかしら、と言われた時はさすがに、と。
ふとした縁で入会するは、たま・あさお市民劇場。月イチの例会に合わせて催される演劇。年間の予定表を見るに年末の「等伯」は必ず、と伝えてあるはずも、今月の演目はおすすめと世話人から連絡あり。劇団俳優座による演劇「猫、獅子になる」を。50歳のひきこもりと母の介護を巡る家族の苦悩と愛を描いた作品。
脚本も然ることながら舞台上の役者陣の演技が最高に。やはりクラシック然り、「生」に限る。
(令和8年4月20日/2990回)
0コメント