親権
ある日の午後、遮断機が上がれども渡る気配なく、思い詰めた表情のまま踏切に佇む一人の男性。もしや。
それが私だった、とは国会秘書のY君の談。日にち分かれば当日の予定から状況の察しがつくやもしれぬ。が、漠然と二月頃だったような、と言われても。そもそもに「思い詰める」理由なき私がそんな不自然な行動などとるはずが。
いや、間違いなく、とY秘書が断言するに聞く耳立つ周囲。たまたま車で通りすがった際に見かけた、とのことなれど、んなコソ見で観察するとは卑怯なり、仮にどれほどの仏頂面であろうとも気にせず声をかけよ、と。
そうそう、私も見ました、と横から県議が。あの時は帰りの電車でへべれけで窓に顔が、と真似てみせ。いや、確かにいつぞやに帰りの電車で会ったことは事実。泥酔とて否定はせぬ、が、「窓に顔」はさすがに。公衆の場において、んな醜態を晒すことなど、往々か。
真偽いづれにせよ、んな話は広まるに早いばかりか、伝言ゲームが如く尾ひれ付き。議員間ならいざ知らず、純粋な支援者の前でネタにせずとも。が、これでツカミは果たしたと語り始めし話題がそちら。
「旬な話題」とは不謹慎ながら親権を巡る課題に鋭く切り込まんとするに立ちはだかるはそちら。本部長に答弁を求めんとするに難色を示されるは民事不介入なる風潮が根底にあって。児童虐待も然り。立ち入り権限が付与されども親子の関係に他人が介入するは越権、と。
子はかすがい、夜逃げは借金とは過去の話。今や突然の失踪は夫婦間のこじれ、それも子の親権が絡み。事の善悪、世の道義以上に逃げたもの勝ち、養育費を負担すれども子に会えぬ現実、そこに暗躍する弁護士。そんな現実を知るに「ぜひ見るべし」と一本の映画が紹介され。名探偵コナンならぬギョーム・セネズ監督作「A Missing Part また君にあえるまで」。言われた翌日の仕事帰りにちゃんと。
そう、ファミレスでアルバイトをする娘から酔客は迷惑、と聞けど、そもそもに酔った当人にはそんな意識など。家のリビングを改装したかの開放的な空間、提供されるは趣向を凝らした手料理の数々、普段は見かけぬ隠し酒も吞み放題、客層極めてよく、良心的な価格とあらば。酒に飢えずとも家庭に飢えた私には格好の。そんな店が市内某所に。
店の繁盛を左右するは店員であり。料理の運び役に注文係に奔走する当人の接遇が丁寧で好感度は抜群。大学生と思しきその姿が子に重なり。初対面の若者に大学名を聞くは私の実家の母位なものなれど、聞くは好意の裏返し。大学のみならず、学部、学年まで娘に同じ。帰宅後に伝えるにせめて苗字位は、と聞くにどこぞで聞いた苗字。
つかぬことを伺うが、父の職業や市議なんてことは。更に申さばその母君、つまり祖母の名はT美ではないか、と問うに、「そうです」と。彼の御子息か、父に似て立派。世間は狭きものなり。
(令和8年4月15日/2989回)
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