新顔

銀婚を越えて悟るは。相手に口を挟まぬ挟ませぬ。されど、子となれば話や別。大学のサークル選びに逡巡する息子にスポーツ系を推さば、妻が一言、ケガをするゆえやめよ、と。

逆だよ、逆。ケガをせぬ為にやるのであって、むしろやらぬほうが。その後に一言、ヨガ「も」やめよ、との忠告にうつむく私。勿論、通う事実など妻知る由もなく。ヨガは胡散臭きものなる偏見は未だ。

新入生は学生や社会人のみならず、ヨガ教室とて。どことなく不安げな新顔の面々に説きしヨガの魅力。そのヘンな格好が意味するは。普段使わぬ部位を動かすに得られる快感、というか身体のキレ。

やるに快感だったはずも、やがては、やらねば不快に、自ずと身体が「欲する」というか、当初、食指が伸びなかった青汁がいつしか日課となるかの如き。依存症に注意、と教えるに頷くインストラクター。

依存症や世に少なからず。百薬の長とは呑助の勝手な口実。寝る前の酒なんぞ鼻孔が弛緩するに気道の確保ままならず、それこそがいびきであり、睡眠も浅く。やはり中毒になるならばそれが健康に結びつかねば。となるとヨガかランか。いえいえ、やはり。何せ脳裏から離れぬあの一打。

成功の余韻に浸るは初心者。上達を望むならば過去の栄光は捨て去るに限る。いかにミスを減らすか、こそが。身体のみならず、そそられる知的好奇心に頭脳まで。もしや原因はどこぞに、と閃くに論より証拠、一刻も早く実証せねば。明日、いや、明日とは言わずこのまま、なんて。そう、ゆえにプレー後の十九番ホールは居酒屋ならぬ夜の練習場こそ。

閑話休題。足しげく通うはヨガのみならず。道路公園センターにて向き合う相手は、所長か課長か。より高い権限を有するは前者なれど現場を統率するは後者であり。いや、いづれにせよ、職場内の風通しや悪からず、「たまたま」そちらの方が在席率が高い、というただそれだけの理由にて、畏れ多くも所長がドブ板陳情の窓口となり。が、避けられぬはそちら。

あれは三月半ば。地元の陳情を持ち込まんとするに気にせし人事異動。もし、交代とあらば四月以降に改めて、と伝えるに。いや、どうせあと一年ゆえ、四月以降も多分このまま、とは所長。が、まさに青天の霹靂とはそのこと。それも本庁の上級職に迎えられ。いやいや、気心知れた相手が昇進を遂げるはこちらにとっても願ったり叶ったり。

とするに今回の相手は自ずから。留任の課長を訪ねるに同席を見せるは新任の所長。それぞれが手にするは仕事に欠かせぬ住宅地図。新規の「ついで」と聞くはいつぞやの事案のその後の進捗。課長が住宅地図の当該ページを開くに見当たらぬ痕跡。はて、確かに依頼したはず。ならばこちらを、と前任の所長が使い古した地図を開くに。ほら、ちゃんと手書きで。

よもや所長どまりで手つかずだったのでは。やはり相手は現場の課長に限る、か。

(令和8年4月10日/2988回)