赤飯

集団は不得手、何せ自由が利かぬばかりか見知らぬ相手に会話とて。旅行に行くなら個人に限る。されど、一人では不安、そして、何よりも「みんなでわいわい」を好む連中とて未だ。誘われるうちが花、と地元の御婦人方が企画する日帰りバス旅行に春の一日を御一緒させていただいた。

主催者になくば余計な気遣いなく、道中はバスに揺られてのんびり昼寝、と目論むにKさんが前方に並び席を確保して下さったものの、おぬしの席はここ、と案内されるは後方サロン席の中央。これでは寝るどころか。

案の定、取り出されし一升瓶に、どうぞ、と注がれるコップ酒。対面となりしは地元でも知られた踊りの師匠、年齢や八八にしてその武勇伝や数知れず。照明に音楽さえあれば舞台選ばずバスの通路とて。

世にすさまじきもの、師走の月に年増の化粧と言い放つは清少納言なれど。人の世の酸いも甘いも知り尽くした御仁を前に、酔うに酔えぬ、というか、酔わねばまともに相手など。と注がれるままに。後日に聞くは一升瓶をほぼ一人で、と。

途中に立ち寄りしフラワーパーク、花なんぞあったかね、いや、そもそもにそんなところに寄ったのか、記憶なき酩酊ぶりもそこだけは忘れぬ。昔は全員分の赤飯を焚いて持参された豪傑がおられたそうなれど、持ち寄られし手料理の数々はいづれも抜群に旨く。

そちらとて事情は同じ。かつては課の総出、いや、局挙げて催されし送別会も今や。

かつて還暦が意味するは定年、つまりは退職。その年齢を迎えるに必ず「去った」のであり。明日以降は会えぬと思うから興奮も高まるのであって、翌日以降も変わらず出勤とあらば。送る方も送られる方もどことなくわかぬ実感。本来ならば本当の退職、つまりは「去る」直前こそ理想と知れど、一年後か二年後か。ましてや還暦以降、役職が外れるにそこまで目が届かず。

日々寄せられる相談や様々。公に出来ぬ内緒話とて少なからず。我らには支援者こそが上位であり、そちら側に非あれども「そこを何とか」と役人に譲歩を迫ることしばしば、というか毎回。惜別に際し、せめて御礼にメシでも、と不摂生が続くある夜に届きし一通のメール、「呑み過ぎに注意せよ」と娘から。

そう、金銭と寿命こそ惜しむものにあらねども、こちらの身や一つ。日に一件では追いつかぬ。ましてや相手によっては立場が逆転。還暦に届かぬこちらを相手によくもあの時は、なんて惨事を招かぬとも限らず。事実、庁内にも。早き昇進に年齢の逆転が生ずることも。そのへんは組織ゆえ順応するはずも時に。入庁年次や我が先、新人の頃などオレが面倒を、と若き局長を「おい」呼ばわりの猛者もいるとかいないとか。

んな時に備えて用意するはワイン。ちゃんと行きつけの店にて選んで貰うのだけれども。H部長にも、一句添えて贈るに大そう喜んでいただいて。律儀な御仁とはかねて知れども、後日御礼に参る、と。いや、これで縁切りのほうが。

(令和8年4月5日/2987回)