市名

さすがに上五から下の句を、とはいかなんだけれども。「世の中に絶えて桜のなかりせば」と聞いて、「春の心はのどけからまし、業平」と返さば、「おぬしやるな」と相手。

いえいえ、それはこちらの台詞。御齢八八歳の当人の専門や美術にて和歌を諳んじるなど。定説となりし現代訳は、世の中に桜というものがなければどれほどのどかであることか、いっそ桜なんぞ世になければ、とされるも当人の新解釈によれば。

桜が意味するは女性、つまりは、世の中に女性いなければ恋の悩みなど、というのが。平安屈指の美男、在原業平に迫らんとするに一冊。高樹のぶ子著「小説伊勢物語 業平」にも確か。が、そもそもに私なんぞは本で得た知識ながらも当人にあっては自らの直感がそう告げている、つまりは、自らも彼に通ずるところあり、とでも言いたげな。

んな世紀の発見を奥様に告げるに一笑に付された、と憤慨する本人。ちなみに奥様は御主人とは違って芸術ならぬ文学。俳句を嗜む、どころかその道の専門家であり、自慢する相手が。何も大してモテもせぬのに、んな発想の飛躍なんぞはおこがましい、というのが奥様の内心に違いなく。

閑話休題。ふとした縁で知り合いしMさんは本市の元教師であり、話題に上がるはそちら。どこの自治体であろうとも市名の看板を背負うは進学校の証であり、本市とて。それが今や他に大きく水をあけられ。

何も東大合格者数だけが評価にあらずと知るも凋落著しい原因やどこに。そして、こたびの市長選の公約の目玉とされる高専とて今さら感。冷ややかな見方が大半を占める中に「今こそ高専」とは某ビジネス誌の最新号の見出しであり。その明暗や。

かたや岐路に立たされるは夜学こと定時制。夜学に通わざるを得ぬ境遇を不憫と思わぬか、なんて感情論が勝らば道を失いかねず、現実を直視せよ、とMさん。目下、定時制を担し教師陣は再任用が大半を占めるばかりか生徒数など教師の数よりも。これだけ時代が進歩する中にあって学べる手段は何も夜学に限らず。

一般校すら教師を確保するにままならぬばかりか、押し寄せる少子化の波に生徒数とて。危急存亡の秋にして定時制の存続に高専などと悠長にあるまいか。いや、それとて、そこに何かしらの深謀あらば話は別なれど、勝算やどこに、と手厳しく。そんな危機感は現場こそよく知るはずなれど、そこが酌めているようには見えぬ、と。

そう、公立校にて実施される現行の体力テストの結果に見るは生徒の能力のみにあらず。運動の苦手意識というかスポーツ嫌いが少なくないとか。好きこそものの上手なれ。彼らの意識を「嫌い」から「好き」へと転換させる方策を市に求めたはずも噛み合わぬ答弁。

犬とて逃げるから追ってくるのであって。大事なのは相手と向き合う姿勢であり、まずははぐらかさぬこと。それは市議であれ子供たちであれ。市議とすらもまともに向き合えぬに生徒や保護者らと話が出来るか。ばかりか、現場の本音と建前など見抜けるはずもなく。

机上の前にまずは。

(令和8年3月31日/2986回)