捏造
この期に及んで生ぜし疑義。何せ「捏造」なる本の発刊のみならず、映画化される位だからその信憑性とて。いや、仮にそうだとしてもその楽曲の価値や寸分たりとも揺らぐものになく。むしろ、それこそが逆に彼の名声をより高めていたりもして。
確かに音楽の教科書に登場するあの顔見ればその位のことは言いそうな気がしないでも。はした金など求めず、星を求める生活を、と。星を求めぬまでもその年齢にもなって没頭できることがあるってのは。
朝ヨガに一日を始めんと欲すれども休講の文字。理由聞くにオーディションの最終選考がその日。それも出演は既に決定、あとは役柄、と意気込むは私と同齢のインストラクター。
ならばやむなし、と夜のクラスに顔出すに見知らぬ面々なれど、ヨガに興味を示すは総じて意識高い系の人にて、その手の話題に事欠かず。レッスン後はチャイを片手に雑談。当日のテーマやターメリックの効能と摂取時における効率性について、であり。
途中、西洋医学なんぞ、と発した私の一言に素早く反応を見せるインストラクター。隣の人は現役の医師だから、と。いや、確かに玄関には私のワラーチとは対照的な立派な靴を見かけ。医者も実践する位だからその効能や推して知るべし。健康に関する知識の会得、見知らぬ人たちとの出会いには発見、刺激あり。
ということで、今日は休講ならぬ休「校」の話。台風の直撃が確実視される中にいち早く休校を決めた近隣自治体に対する本市の対応が保護者から極めて不評だった、と人づてに聞いた。ならば本市の対応とは何ぞや。
前夜の休校を決めた他市に対して翌朝の段階で判断というもの。幸か不幸か気象情報に変更あり。不慣れが災いしたやもしれぬ。大雨と土砂災害と発令が別々だったり。それらの一つでも県内のいづれかの市町村に出ていた場合云々と。
保護者側からすれば条件に該当するか否かは兎も角も悪天候はほぼ確定であるばかりか、事実、近隣は早めの判断を下しているのだから。迷いは早めに解消すべき、との心理か。とともに知りたいのは、やるかやらぬか、の二者択一の選択であり。複数のうちどれか一つ、なんてのは「億劫」。一応、末尾には、仮に休校ならずとも欠席遅刻扱いにはせぬゆえ無理なきよう、との記述はあるものの。
そう、固定電話しかなかったあの時代。夜間にどれほどの雪が降ろうとも翌朝は道なき道をかき分けて。それこそが本分であり。行くのが前提、なる古い価値観を有する私に対して、妻は逆。んなもったいぶっておらずにとっとと。家庭内にあってぶつかり合う価値観。というか勝敗は明らかにて、ぶつかりもせなんだけど。
入梅。同額のプレー代を払うに雨の日は。直前のキャンセルを巡る対応にも変化。違約金を課していては客が逃げてしまう、と撤廃してみたものの。安易なキャンセルばかりか無断とて。本来はメンバーの一人が現地に出向いてその旨を告げる、それこそがマナーと。
双方に安易になり過ぎた。昨今に目立つ臨時休業も便乗というか、利用者目線からどうなんだ、と思ってみたり。
(令和8年6月10日/3000回)
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