町内会・自治会の会館は地元コミュニティの活動拠点。半ば公益性を有することから耐震改修時の助成や建設資金の利子補給は以前からあったものの、今年度から新たに建設時に半額を補助する制度が創設されてその記念すべき第一号におらが麻生区の東百合丘町会が選ばれた。何せこのへんは施設が不足していて、これまでは町会役員の踊りの稽古場を借りていた位だから...。
そんな御当地には名物の剣道場があって、私の個人演説会などはそちらを拝借していたんだけど、当時は候補者の中でも泡沫とされていたからほんの十名程度しか集まらずに...。が、それでも当選した、というか「させていただいた」訳でもあるし、不思議とそういう時ほど記憶に残っているもんなんだよナ。
で、その館主、往年は地元の不良連中もビビリ上がる無敵の強さ、道場破りさながらの他流試合に出向いてしごき倒された教え子は数知れず、私などは隠居後の姿しか知らんのだけどその眼光の鋭さは相手を威圧するに十分。やはり、そういう常人を超越したコワい存在というのは世に必要であって、やられてもやられても「えい!」と向かっていく根性というか気迫、つまりは「やる気」が今の世の中に不足しているのではないかと。
石原慎太郎著「天才」には、たとえ見知らぬ者でもその人間の一生の意味や価値は傍には計り知れぬものがあるに違いないと葬儀や霊柩車に出会うと脱帽一礼する人物の話が登場するんだけど、当人がいかにその人生を全うしたのか、何が彼をそうさせたのか、人の生き方に学べるものは少なくない。数多の武勇伝を有する剣術の達人、箕輪道場こと明倫館の鬼館長が逝かれた。
「鬼」といえばその異名とおよその功績だけは存知上げていたものの、青春時代の愛読書は三国志に水滸伝だそうで。私と同じだナ。かの福沢諭吉翁から世の中は人間様の思い通りになるようなものではないことを「天のソロバンは大きい」と教わるシーンが登場する。「電力の鬼-松永安左エ門自伝-」を読んだ。
電力の国家統制を嫌って野に下り、権益の拡大を目論む役人連中を「クズ」呼ばわりするなど豪快奔放、世に阿らぬ姿勢と歯に衣着せぬ物言いはまさに「鬼」。人生回顧録とともに「老いの余話」など当人の慧眼ぶりも然ることながら人生の教訓がふんだんに詰まっている。一端を披露すれば「日本人にはおかしな性癖があって、その対象が偉大であればあるほど、その偉大を傷つける以外の何物でもないような、ちっちゃな、ちっぽけな、つまらぬ瑕瑾(かきん)を取り上げて問題にしたがるもの」なんてのは最近の大臣辞職に重なる。
その当人の経験によれば世に仕事師と言わしめる人物、偉人の類は総じて精力絶倫、揃いも揃って大の助平だとか。「大功を論じて小過を録せざる、人間を見るに窮屈な見方をしちゃいかん」とあった。そうそう、英雄色を好むは見逃せなんてさすが爺さん分かっとるぢゃないかなどと頷いていたんだけど、支援者の御婦人から届いたメールの末尾に「不倫は駄目ですよ」とあった。