講堂の絵

往々にして批判的なニュアンスが含まれたりもするんだけどそちらの報道が随分減った。されど、地元の方々などはそのへんの情報もよく御存知で現地の土産を「真剣に」せがまれたりも。その手の金銭こそ惜しまぬものの「ヤツにもらった戦利品だ」などと吹聴されようものなら「オレよりもアイツが...」なんて嫉妬心を呼び起こさないとも限らず、まぁ私の支援者だからそんなことで一喜一憂しないと思うけど...いや、するナ。
安からぬ公費を投じていく以上はそれなりの成果を持ち帰らねばならんのだけど、しいて自慢出来ることといえば荷物の重量位か。若かりし頃の貧乏旅行の経験から手荷物は最軽量。帰りは更に軽量化されていて土産もなければ視察先の資料も...自慢にならんナ。
人類の歴史は模倣の連続。いかに異国文化を吸収しつつ、自国の発展に繋げるかという面に腐心してきた訳でわが国とて明治維新に限らず過去に多くを海外に学んできた。だからといって「絶対に」必要というつもりもないんだけど、今回のテーマの一つに主権者教育、つまりは若者の政治参加があってボイテルスバッハ・コンセンサスなんて舶来の専門用語を含めておけば「らしい」報告書にはなりそうなもんだけど、教育は国家百年の計にてそれなくして国の発展はなく、その国の若者たちの目を見れば国の命運が窺い知れる。
故にその一翼を担う教師は権威ある聖職として称賛されたものの、教師と生徒は対等などという悪しき平等論の台頭とともに権威の象徴が日本の教育現場から消えて久しい。今日においてそれを自ら推進した本人らが葛藤に悩まされているというのは何とも皮肉な話ではないかというのが私の勝手な解釈なんだけど少なくとも人権だとか平等とかで先駆的とされる北欧には教壇が残されていた。
スウェーデンのヨーテボリ市にあるその高校は全校生徒3千人を抱える17世紀からの由緒ある伝統校なんだけど、その大講堂の正面にはスウェーデンの代表的な画家カール・ラーションが同校に遺したとされる一枚の大きな絵があって校長先生が解説を加えてくれた。広い壇上の左右一杯に丁度収まる形で飾られたその絵は地元の篤志家が生徒の為にと依頼して描いてもらった絵で、その後、絵に合わせて講堂が建設されたとか。
当人の生誕地と思しき自然を背景に野原を進む花束を抱いた女子生徒たち。その表情は何ともいえぬ幸福感に包まれていて、その生徒たちが向かう先には...。先生への感謝の印を届ける途中だとか。ラーションの絵は上野の美術館などでも見る機会がありそうだけどこればかりは御当地を訪ねねば見ることは出来ぬし、教育の意義を深く考えさせられる最高の教材ではないかと。
こう見えて絵は好きだからね。ここだけの話、実は見るよりも描くほうが好きで昔は随分と賞状をもらったんだけど...どうでもいいナ。そう、休憩時に通された応接室の壁には歴代の校長の肖像画が飾られていてやはりどれも威厳を備えている。正面には黒い服を着た御婦人が若者と談笑している一枚の絵が飾られていて校長先生がやはり絵の解説を加えてくれた。
その学校は若くして不治の病に倒れた息子の遺言により建てられたものだそうで、彼はドイツに留学をしていたそうなんだけど死ぬ間際に母親に遺した遺言が、「もし、ヨーテボリに学校があったならば留学の必要はなかった」と。そんな創設者の理念が受け継がれる高校における視察内容とは...。
(平成28年11月15日/2304回)