四十年

慣れぬ戸別訪問。郵便受けに「ごくろうさま」なんてあればまだ見ぬ家主はさぞかし善人に違いないと淡い期待を抱く一方で、「チラシ投函禁止」とあらば呼び鈴どころかポスティングすら躊躇してしまったりもするんだけど隣を見ればさもありなんと。それは覗き見るというよりも自然と見えてしまう無造作に投函されたチラシの山。
そんな事情はおらが控室も同じ。単なる本棚に個人名のラベルを貼ったものが郵便受けに相当するんだけど情報提供の名目に積み上がる資料の中には研修会のチラシも少なくない。1講座あたり最低1万円からで一泊二日ともなれば片手(5万円)は下らず、政務活動費をアテにした企画らしくろくに見もせずにゴミ箱行きなんだけど、名刺に一筆を添えて郵便受けに投函する私の配布物も同じ命運だったりして...。
そう、公務ならずとも日に一回は勤務先に顔を出さねば落ち着かぬ、というか、それで仕事をした気になっているのだから始末に負えぬ。人はまばらにて気になる他の動向。この炎天下の中、戸別訪問なんて性分でもあるまいし、よもや夏休みに海外旅行など...。居合わせた御仁に夏の余暇の過ごし方を聞けば、全国指定都市問題研究会、つまりはおらが政党が実施する「無料の」勉強会への出席を予定しているとか。かと思えば若手は秋田県における記録的大雨の被災地を訪ねるとかで足手まといにならぬことを条件に両班に御一緒させていただくことになった。
新潟市で開催された勉強会の項目の一つに拉致被害現場等の視察が含まれる。新潟市といえば拉致被害者の横田めぐみさんが失踪を遂げて四十年。拉致問題といえば忘れもせぬが、翌日から市長以下、局長全員がブルーリボンを付けることになった発端は現議長の当時の質問。以来、大きな懸垂幕や写真展などを市内随所で開催、今やブルーリボンを付ける局長は稀だが、喉元過ぎればの格言が如く署名活動とて同じだとか。
その一筆がただちに帰国に繋がるものではないかもしれぬが、風化させてはならじと被害者家族に寄り添い活動を続ける方々。救う会代表の高橋正氏の案内により当時そのままの寄居中学校の正門からその足取りを辿った。部活動を終えて帰宅の途についた3人。御自宅までの距離はほんの数百メートル。緩やかな坂を上って友人と別れ、あの角を曲がれば...。彼女を襲った突然の悲劇、潮の流れか今や眼下に迫る海岸線も当時は遥か彼方まで砂浜が広がっていたそうで、まさか異国の誘拐犯が舟で上陸するなどとは。
これまで多くの方々の案内役を演じてきた当人は御齢81歳の元県議。既に退かれた身にて何ら見返りあるはずもなく、ただ、続けることが自らの使命と。そんな当人の話をじっと聞き入るセンセイ方の横を不思議と一人の女子中学生が通り過ぎた。多分誰もがその姿を当時に重ねたはずで深く刻まれる情景であった。
5名の帰国から主だった進展は見られず焦燥感募る家族会。さすがに寄る年並みには勝てず見かける機会の少なくなった横田御夫妻は本市在住。余生幾ばくかの両親に娘の姿を一度でもと願ってやまず。
(平成29年8月26日/2373回)