弁士

特段の便宜図った記憶は無いのだけれども持参されし厚めの封筒。その手の類は全て会計に没収されてしまうからそんな事実、中身の金額を後で知った。晩年は道楽に生きた御仁にて全国行脚の途中に陣中見舞と立ち寄っていただいて、しばし歓談の後、翌日には念願の橋の開通式典にて被災地へ行かねばならぬと見送った。
あれからほんの数ヶ月、突然の訃報に死因知る由もなく、満面の笑み浮かぶ遺影に偲ばれる人柄。享年七十八歳。焼香に待つ列の後ろに聞いた、本人は一年前から余命を知っていたんだ。ってことはあの封筒も...。Hさんらしいナ。
さて、センセイ方に研鑽を積んでいただくべく企画された研修会、人生百年時代に向けた地域づくり~地域包括ケアシステムのあり方について~。招いた講師が最高学府とあらば肩書きに申し分なくも学者然とした内容では心に響かぬ。が、逆も然り、聞く方とて怠惰な姿勢は話し手の意欲を削ぎかねず、成否握るは「双方」の意欲。
長時間に及ぶ代表質問を終えて向かいし次なる会場は市内各校から選抜された十三名の弁士が並ぶ高校生の弁論大会。午後六時の開会といえど疲れたなどと言っておれぬ、何せ彼らとて日中の仕事の後に勉学に勤しむ定時制の生徒たち。
必携品に「ハンカチ」と記されし案内見れば本気度が伝わってくる訳で。そんな特別な機会の式辞とあらばいつになく視線が鋭いような気がせんでもないのだけれども秘書に渡されし原稿にはキチンと「双方」が大事とあった。
高校最後の夏、逆境を好機に変えた野球部の主将は介護士を目指すと言い、万が一どころか十万分の一の狭き門と知りつつも声楽家の夢追う乙女は「今」を後悔したくないと訴え、壮絶な虐待に親元離れて祖母の元に身を寄せる生徒の夢は小説家。
優勝者の演題は「命の価値」。進むペットブームの陰に広がる闇、過剰な交配に安易な殺処分の実態を厳しく戒める内容。動物といえど命を弄ぶなと社会の暗部を抉る内容と技術は秀逸にて選考結果に異論なくも少なからず含まれる審査員の嗜好。ならば私のイチオシは...。
オタクと思しきアキバ系男子の活躍を描いた漫画「弱虫ペダル」、いわゆる弱ペダの登場人物が「ツール・ド・東北」のコースを走る特別画が新宿駅の地下通路に派手に登場。高一の彼女もアニオタなのだそうで、オタクにはキモいとかネクラとか負の偏見が付きまとうと「起」、されどオタクとて...と並べられし魅力の数々はまさにオタクならではの斬新な視点にてオタクもアリかもと惹きつけて「承」。
で、「転」ずるは定時制、そこに向けられる世間の目は未だ冷たく、恵まれぬ家庭、普通校に届かぬ劣等生、不良等々と。が、こんな愉快な仲間はおらぬではないかと笑い飛ばして「結」。オタクと定時制の取り合わせが絶妙にて。
会長職を仰せつかるまではそんな機会があることすら知らず、折角の才能を埋もれさせては大きな損失。その評価は兎も角も広く世間に知っていただくべく、パラムーブメントに次いで定時制高校の振興議連でも...。逆境に挫けぬ彼らの将来に幸あらんことを願っている。
(令和元年9月15日/2523回)