寒燈

M子さんの句に「寒燈下貯蔵ワインの薄埃」と見かけた。季語は寒燈(かんとう)。地下の貯蔵庫に眠るワインに薄埃、寒燈の取り合わせは絶妙ではないかと思うのだけれどもいかがか。

工場夜景に負けぬ光景は夜明け前の鷲ヶ峰営業所。まさにあのデザインこそ本市「らしさ」を備えた傑作、薄暗闇にズラリと並ぶバスだけでも壮観なれど一部に車内灯が点灯してこれがまた何ともいえぬ幻想的な雰囲気を演出しており。市内「萌え」十選あたりにどうか。

出発前の点検準備に余念なく、しばし後に「今日もがんばろう」と手を振って別れた運転手二人。朝五時二十分の出発に終点の溝口駅の到着は五時五十分。私鉄並みの早さ誇る始発便は既に定員に近く、法定速度以上、アクセルを踏み込まねば定刻に着かぬとか。終着から次の出発迄に許された時間は四分。化粧室にも行けぬ状態が半日続くと。次々と流れ込む「数珠」の観察に始まり、市バスを堪能する一日を終えた。

こんな過酷な現場は他にない、と不満をこぼす相手にそれを是正するがそなたたち労働組合の役目ではないか、そもそもに午後三時に終わって風呂に入り、五時まで麻雀して退庁などありえぬと、その堕落ぶりをなじったのは新人時代の話。「今はありえぬ」と必死の形相で抗弁する相手に、本庁の制止を振り切って、ごみ収集車の体験をして以来か。

批判受けるは公務員の宿命なれど過去を払拭するに未だ道半ば、既成概念を覆すにまだまだ足りぬ。ほんの数分と申しても看板を背負わば余計に注がれる厳しい監視の目、ロータリーに休憩中の民バスを横目に降車後に休む間なく次の行先のに向かう市バス。そりゃたまたまかもしれぬ、が、実際にそうだった。

利用者に高齢少なからず、着座確認を守らば遅刻、怠らば苦情。おい、そんなダイヤが許されるのか。些か、というか「全く」現場の声が届いておらぬ。いや、編成時に経験者とて居るはずなれど。「協力すれば悪いようにはせぬ」との踏み絵に測られる本庁への忠誠度。相手の軍門に下らば昔の仲間など...。よくある手口もそんなのが蔓延るとろくな職場にはならぬ。

挨拶は「おはようございます」。抜き打ちの添乗監査はその数で評価が決まると。さりとて、「今日は寒いですね」-「ありがとうございます」では会話がかみ合わぬ。それを是とするは人事評価。運転手に似合うは寡黙、ぎこちなきは接客が不得手な証拠。接客の為に安全を犠牲にするは本末転倒。そこの加減が分からぬ意固地が多いとか。どこぞの運転手が如く口達者とあらばむしろ安全面を心配してしまう訳で、妙に愛想はいい運転手など逆に怪しくはあるまいか。

以上、ほんの「一部」なのだけれども上がらぬ士気。が、そんな労働条件以上にボロ雑巾が如く扱われることへの失望感。本来ならば現状を打開せんと牙を剥く気概あって然るべきも「所詮は言っても無駄」との意識に蔓延するは閉塞感。一層遠のく現場との距離に安穏と座って定年退職を待つ管理職はいらぬ。来年のダイヤ改正に問われるこの間の歴史。本日は市バス誕生七十年の記念日にて。

(令和2年12月15日/2612回)