十四

折角の機会が失われて役職が泣いておらぬか。来年の市長選にでも参戦するならいざ知らず、そんな大それた野心なくば露出は少ないに限る。何よりも夜の会合とあらば泥酔の醜態を世に晒しかねず。目下、晴耕雨読、読書とランに興じており。来春には久々のウルトラマラソンに挑戦する決意を固め。

そんな状況はあちらも同じ。折角の優勝も馬鹿騒ぎ許されぬ風潮に憐憫の情が寄せられるも逆境下の優勝こそ真の王者の証。任期中に栄冠に巡り合わせる幸運は金銭で買えぬ。今さらファン歴何年などと披歴できるほど浸っておらぬも議員人生の最初の質問がそちら。転出入の多さこそ本市の特徴、そんな本市にあって連帯感を育むには。当時など昇格したての頃にて観客席に目立つ空席。当日券で待たず入れた時代も今や並べども席を確保出来ぬまでに。その先見の明の主や私ならぬおらがセンセイ。今にして振り返らば随分と先を見ておられたんだナと。

猫に小判とはよくいったもので根底に共通の認識あって知る価値。「球を蹴るだけであれだけの年俸が得られるは信じがたい」と。移籍の折に目にする金額にあの派手な私生活を見れば眉を顰める方とて少なからず。移籍が卑しいとは言わぬ、補欠ならば移籍後の新天地に活躍の場が見出せるやもしれぬし、選手生命とて限られとる訳で稼げる時に稼がねば。そもそもに相手方の申出にて拒む理由なく、が、若くしてそんな大枚を手にしては道を間違えやしまいか、いや、それで本当に幸せか、と問うてみたくもなり。

絶頂期には「モテた」であろうし、「カッコつける」ことも出来たであろうに誘惑に負けぬ姿勢は門外漢の共感を生んだらしく。辛口批評の妻すらも好感を抱く選手の一人、背番号十四への市民栄誉賞の授与を含む引退式に招待をいただいた。隣での撮影は特典らしいのだけれども携行品の検査にスマホの没収、列に並ぶは性に合わぬ。有名人と写真撮るに価値が分からず、それこそ豚に真珠。むしろ、引退に際して何を語るか、そこに窺い知れる当人の人生観こそ私の興味であって。

決して恵まれた体躯とはいえぬ自分こそ模範、ハンデはハンデならず、チャンスに代えるべし、諸君、と子供たちへのエール。そんな華奢な自らを迎え入れ、活躍の場を与えてくれたチームへの謝辞。それに報いんと十八年の選手生活を貫いた。入団当時に夢見た高級車よりも多くの人たちに喜んでもらえる幸福感を教えてくれたチームだと。確かそんな話だったと記憶するが、そんな選手が慕われるにチームとしても有望ではないか。それが本市にあるのだから。

そう、その地位は己の実力のみならず、ファンあって得られたものなれど、いつしか自らの実力がファンを呼ぶ、なんて逆転しちゃうんだろうナ。それはこの世界も同じ、来られることに慣れちゃうとそれが当然として行くことを忘れたりもして。少し前にAさんの訃報を聞いた。落選確実の下馬評を覆すべく一軒一軒を回っていただいた当時が生涯で一番元気だった、と奥様の回顧に役職どころか私が泣いちゃったよ。満足な見送りも出来ぬままに今年も多くの恩人が逝かれた。合掌。

(令和2年12月30日/2615回)