古傘

暑中見舞には些か早く、一通のはがきが届いた。裏面には在任中の御礼と「天下り」、いや、再就職の報告。末尾には「【本当に】御世話になりました」と。決して達筆とはいえぬも丁寧な一筆が添えられており。ふむ、確かに世話を焼いたな。

陰陽でいえば明らかに陰、というか、陽にはあらず。その見方は庁内において衆目の一致する所なれど、それを当人の陰謀と見抜くはいかほどか。何と申しても市の財政を司る砦の長にて日々朗らかな笑みを浮かべていたのでは放漫経営に陥りかねぬ。やはり、語らずと「厳しい」と相手に思わせる演技こそ欠かせぬ資質ではあるまいか。

そんな役者人生も終焉、退団の挨拶は財政畑を歩んだ半生を振り返り、「お金」と結ばれた縁を滔々と述べておられ。苗字に見るまでもなくまさに我こそが恵比寿大黒天の化身なりと言わんばかりの。が、そんな名優といえども転職とあらば慣れぬ職場に苦労しとるに違いない。よし、ひと肌脱ごうぢゃないか。

目にすれば「読む」部下がいないとも限らず、読まば大そうな人格者だったことが推測できるように「誇張」して返礼のはがきをしたためて。

閑話休題。バケツ返した、とは言い得た表現、雷鳴轟く突然の夕立後の快晴が告げる梅雨明け。今年も大事な傘を紛失してしまった。そこに投ずる金銭を惜しむものにあらず、どうせ忘れる、それは安傘だからというけれども立派な傘とて。いや、そのまま降り続いていれば気付くのだけど。

んなことから置き忘れの傘を借用するもいい顔をせぬは妻。傘は自ら買うべしとの小言に、「再利用」こそ時代の要請、などと勝手な理屈をつけて反論してみるのだけど。そう、確かあの時も。「念の為」と手にした古傘を使わずにそのまま車内に残した帰り。車が追突事故に、との連絡。後部の著しい破損が物語る事故の衝撃、まさに間一髪、悪運だけは強く。

というか、その用なくば事故にも遭わなかった訳で。不幸中の幸い、運転手は軽傷にて復帰を果たしてくれたのだけど。古傘との因果や知らぬ。事故の原因は前方不注意による相手の過失も保険に未加入だったとか。そう、こちらに非がなくともその後始末を被害者が負う不条理。正直者がバカを見ることなど断じて。

来年度の予算編成に向けて市内の各種団体とのヒアリングを終えた。港湾関係の団体からの要望の一つに故障船への対応なるものがあって。目下、故障した外国船籍の大型貨物船が市営バースに着岸したまま、手つかずの状態が続いており。

金属スクラップを積んで出港したものの、途中、台風に流され、船底を損傷。二次災害の懸念から緊急避難として短期的な係留を許可したものの、既に二年、係留の費用は未払いな上に船主との交渉のメドが立たぬとか。行政代執行も船の撤去解体に要する費用は安からぬばかりか、それを本市が負担するはスジが通らぬ。

が、それ以上に岸壁が占有されとることで他の船が着岸出来ぬ。その機会損失の額や億単位と聞いた。気の毒に、と手を差し伸べた本市の善意が仇となり。

(令和3年7月15日/2653回)