比例

中三の公民の授業に学ぶは「政治の仕組み」にて今回の選挙が格好の教材になっとるとか。どれほど勉学に励もうとも届かぬ試験、人に書いてもらってなんぼの世界、落選の候補が返り咲くなど。

小選挙区比例代表並立制というのだけれども枠一つとあらば広く浸透した大政党に有利であって、単独では小選挙区に届かぬまでもそれなりの支持層を確保する政党の参画に寄与。が、何よりもおらが副大臣などそこに「何度」も救われており、制度なくばとうの昔に。つまりは善戦むなしく比例に甘んずること三度にして三度目の正直ならぬ四度目の、などと揶揄されとる位だから。

さりとて、そこに「復活」の目アリと知るに最後まで必死になる訳で、相手とて手を抜けぬし、盤石の地盤に圧勝の候補とて大差をつければ相手候補を蹴落とせるばかりか、得た得票に他の選挙区の同志を救える余地も生まれ。有権者の皆様の関心を最後まで惹き続けることこそ選挙の醍醐味にあるまいか。

小選挙区とて「微妙」というに副大臣の公務をこなしつつの選挙戦、まずは足場固めこそ。いや、千載一遇、ようやく回ってきた役職なのだからここぞと地元の為に働いて貰わねばならぬ。私とて本部長「代行」などと分からぬ肩書を背負わされ、と、動機はいつも不純、というか後ろ向き。

何もスーツ姿の応援弁士だけが役目にあらず、公営掲示板へのポスター貼りに選挙カーの助手席ならぬ運転手、留守役まで一人二役どころか、三つ、四つも厭わず。人手不足とあらば遠慮無用と告げるも依頼なく、夕刻の駅頭に加勢せんと駆け付ければ運動員が飽和状態、つまりは腕章の数が不足しとるゆえ手薄になる午後八時以降にぜひと出直し求められ。つむじを曲げずにちゃんと。

こんな時こそ、いや、こんな時くらいは立たねば巷の様子が窺い知れぬ。選挙権なき小学生や女子高生の声援に元気を貰うも、世の中、そんな方々ばかりにあらず、明らかな嫌がらせとて。そこまでイヤなら自ら投票せねばいいだけの話で、「互い」に不快な想いなどせずとも。

話せば分かる、などというのは幻想に過ぎず、意図的である以上、相手にせぬ、無視こそ最善と知るも相手を追いかけて必死に口説いとるおらが候補の姿勢に教わること少なからず。もしや、想いは通じるやもしれぬ、何よりもその飽くなき執念こそが。

そう、選挙といえど陳情は待ってくれぬ。合間にこんな相談をいただいた。認知症の奥様を施設に入居させて数年。が、あの日以降、面会が叶わぬ日々が続き。施設側の懸念は分かる、されど、会えぬが二年間、それも「市の指導」云々と告げられるに話がこちらに回ってくる訳で。

些か話が大袈裟な気がせんでもないが、聞いてみねば事実は分からぬ。そんな指導がされとるならば是正を求めねばならぬし、単に口実に使われとる可能性とて。で、結論申さば、目下、面会に関する指針は国と県による通達がなされており、その内容を踏まえた判断を施設側に委ねている、されど、同様の相談少なからず。

その背景には身内を入居させとる以上、当事者同士の話はしにくく、市が仲介を果たす中に実現が図れることも。ぜひ、御相談を、と市の担当課。

(令和3年10月25日/2673回)