袈裟

御主人の介護に追われる日々も人前では疲れ微塵も見せぬ陽気なMさんが入院と聞いた。告げられし病名は三尖弁閉鎖不全症。九死に一生と聞いて見舞に伺えぬ不義理を詫びるメールを送らば、「嬉しい」の前に「すごく」が二回繰り返され、およそその年齢とは思えぬ賑やかな絵文字入りの返信が届いた。

夫婦間の献身的な介護はMさんのみならず。過去の放蕩三昧の罪を購うべく寝たきりの愛妻に連れ添わんと施設への入居を決意、会社を継いだ息子を頼む、と遺言ばりの別れを告げられたはずも。「おーっ、センセイ、私だ、私、連絡をくれ」との留守電に折り返さば。うちの事務所の近所に「優良」物件を見つけたと。勝手にアンタのシマを荒らしちゃイカンから、と寝言に近く。

脱獄を試みるはいつぞやのKさんのみにあらず、施設を抜け出して物件を探すべく百合ヶ丘と柿生間を毎日歩いていると。あと二件で目標達成。その時は盛大に祝勝会を催すからアンタも、との申出に「すごく」三回も夫婦愛に勝る仕事への執着は生涯治らぬかもしれぬ。現役復帰を果たした当人の御齢九十にて。

そう、目標なくして成長なく。更なる議席増を狙わんと擁立される候補。前回に獲得した票数を見れば複数も可能との読みもそりゃ「均等」に割れればの話。支持率とてどう転ぶか分からぬ。あくまでもおらが代議士の「要請」に応じただけなのだけれども朝の駅頭にて撮影される証拠写真。そこにはコイツはわが陣営にあり、と支援者を囲いこまんとの意図が見えたりもして。

んなもんで役に立つなら勝手に使っていただいて結構なれど、それでいかほどの票に結びつくかは知らぬ。団体の推薦然り、組織内に氏名位は浸透するやもしれぬが、実際に投票するか否かは当事者の胸三寸。むしろ相手陣営を煽る結果に繋がりはせぬか、との声が聞こえてか、しばし後に相手方より届く陣中見舞、ならぬ召集令状。あくまでも名目は「会議」なれど、後見人と思しき大御所の名に集わねば後に、なんて意図は万が一にもないとは思うけど。

こちとら一介の足軽にて大将など遠目にしか。いや、顔は知っとるし、社交辞令上の挨拶とて交わすも君子など豹変するもの、表裏は知らぬ。全県区とあらば市議などゴマンといる訳で、いちいち相手にしておれぬ、配って当然とばかりに「大量」に届く配布物。そのへんは互いに同じ世界に生きる者同士にて事情は察するべし、ということなのだろうけど、であるがゆえに目を惹くは。

配送は失礼とばかりに訪ねていただいた際に秘書の名刺とともに置かれた便箋。そこに記された一文に主へ尽くさんという心配りが見て取れて。秘書と申しても様々、虎の威を借る狐もいれば、いづれ自らも議員として脱皮せんが為の足がかり、欲しいのは肩書であって主の為に身を粉にして尽くすなど。

坊主憎けりゃ袈裟まで、と主の汚名を背負うも秘書の宿命。されど、時に、袈裟が気に入りゃ坊主も、となることを願っており。

(令和4年4月10日/2704回)