知覧
特定の個人が突出するは公平性を損ねかねぬ、と課せられし制限。単独のポスターは告示の六ヶ月前までとされ。色褪せ目立つそれらを貼り替えるべきか否か。いづれにせよ、二ヶ月後には新たな図案のものに替えねばならず、あと少し、との甘い誘惑。
貼る以上に剥がす手間や軽からず。上から貼り重ねんとして気づく過去の枚数、さすがにこれ以上は限界か。強力な両面テープが指にまとわりついて。掲示板の前で必死にもがいとる怪しい人物は私に違いなく。
終戦日を前に靖國神社への参拝を終えた。軍靴の音が聞こえる、などともったいぶった言い回しにてそちらに結びつけんとされるも御遺族の身にもなってみなされ。国の為に殉ずべし、などと国粋的なことを申し上げるつもりはないけれども時代に翻弄され続けた人々がいて。
望まざるとそうせざるを得ぬ状況下において、いかなる葛藤を抱え、何を信じ、いかに心の整理をつけたのか、死を選ばざるを得なかった彼らが後世に何を残そうとしたのか。数多ある慰霊碑に鎮魂と平和を祈り、反戦を誓う意義とて些かも薄らぐものではないけれども、人の心を揺さぶるにこれほどのものがあろうか。
読むべしと支援者から手渡された一冊の舞台となりし御当地を訪ねたのは昔の話。当時のままに資料館として復元された富屋食堂に残る遺品の数々。二十歳にも満たぬその年齢でこれだけの文章は書けぬ、と感想を伝えれば、当時に生きていればあなたも書けたはず、と諭され。
検閲の目を盗む為に歪曲されたそれらは彼らの本音ではないというけれども当人の自筆であることに偽りなく、まずは自らの目で実際に見て読んで判断してはいかがか、と。最後の手紙、というか「遺書」を託されるは食堂のおばさん。郷里の親に自らの一筆を添えて。
まさに最後の晩餐、翌日には死地に飛び立つ少年たちのわがまま聞いて手料理ふるまうに浴びる批判や軍の先棒担ぎ。意に添わぬ人物にレッテル貼って悪人に仕立て上げるは今日に同じ。まさにそれこそが偏見であって、彼らの自己矛盾の一つなのだけれども、身内に甘く、相手に厳しく。自らを棚に上げて他人のことだけ。
そんな輩には自らの子の年齢の兵士たちを見送らねばならぬ当人の心境など他人にはわかるはずもなく。んな贅沢な品々を提供できるは軍の「指定」があればこそ、と卑しい御仁は見るけれども減りゆく私財。玉音放送に知る終戦も迫りくる次なる恐怖は進駐軍。占領下に置かれればいかなる仕打ちも覚悟せねばならぬ中に命ぜられるは彼らへのもてなし。
子供らの命を奪いし憎き敵に日々の食事など、その苦悩やいかばかりか。壮絶な人生を遂げた一人の女性の意を継いで語り部となりし当人の孫がその生涯を終えたと聞いて弔いとばかりに。孫が綴る祖母の生涯。「知覧いのちの物語」(鳥濱明久著)。
御当地から持ち帰りし手拭いに記されし祖母の遺言が如き一文。「なぜ生きのこったか考えなさい 何かあなたにしなければならないことがあって生かされたのだから 特攻の母 鳥濱トメ」。
(令和4年8月15日/2728回)
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