旅割

訪ねし書道展に目にした一枚、「酒は微酔に限る」。書の主や主宰の先生だそうで。先生といえども過去にはやはり。

さすがに度が過ぎたか、泥酔の帰宅に待ち受ける鬼面。亭主の健康は知らぬ、が、酔人に付き合わされる相手の身にもなってみよ、と。いやいや、付き合わされるは、との釈明は火に油か。

職員と一席を設けるに同席を、と無所属のT君からの誘い。両者の距離感が問われる中にあって、その趣旨は大いに賛同するものなれど、市議など貴殿一人にて十分、子供じゃあるまいに。と返さば、いや、向こうからの御指名にて日時もこちらに合わせると。

ふむ、呼ばれるうちが花か。そもそもに普段からあれだけ厄介な存在にも関らず、時間外まで拘束されて説教を聞かされては。特に私なんぞは終始、口が止まらぬ。日々の駅頭でもそれだけ弁が立てば。

本人は気づかぬ酒癖の悪さ、決して咎めぬゆえ適当に撤収されて結構と事前に告げておいたはず。途中、私が抜けた間に聞いた相手方の意向や「継続」と。寝不足は翌日に支障をきたす、早く家に帰りなさい。というか、また、鬼面が。

立場が逆なら絶対に自ら声をかけぬ、というか近寄りもせぬ。が、世に物好きも居て、そちらからの「指名」絶えず。人を見るにまず顔でA、B、C。話して裏付け、酒を呑まば完全に分かる、とは早野のKさんの持論。たった数時間で何が分かる、夜を徹して、と企画されるは合宿。

男同士の相部屋ですぞ。しかも、この夏に行ったばかりにあるまいか。いやいや、折角の旅割を利用せねば損とばかりに。それにしても代金を支払うに前回ほどの割安感を抱かぬ不思議。物価上昇の影響がないとは言わぬ、が、そこを見越した料金になりつつありはせぬか。

本来の自由競争に下駄を履かせる類のものはバイアスを生むこと往々。いつぞやの支援金に同じ、それ自体が目的化してしまうと。それにしても伊東の鰻は旨かったナ。

公務員といえども趣味は様々。当人は既に退職、再雇用の身なれど、若手アイドルのおっかけに夢中と聞いて。今や公の施策に「若者文化」「ストリートカルチャー」なる語彙が登場する時代。背広姿とて心配無用との言葉を信じて仕事帰りに立ち寄るは道玄坂のライブハウス。

そう、当時、知人女性の困りごと、相談に乗ってもらえぬか、と依頼があって。見学かたがたと両名にて立ち寄られるは議長室。幼子連れた離婚後の生活苦にて住居を何とか、と。殿方とて妻子を有する身なれど、そこまで熱心に相談に乗るとは、善意かそれとも。聞かぬが仏。

あの時の子供が今や立派に育って。そんな彼女が見つけた道。舞台に立つ娘に声援送る母親。生誕祭と命名されたライブも終盤。マイクを手にした本人。「私が作詞作曲を手がけた曲、聞いて下さい」との前振りに紹介されるは、「マザー」。いい曲だったな。

(令和4年11月15日/2746回)