二高

二次会の席上。「お先にどうぞ」との一言に、一応の謙遜を見せれば、「遠慮せずに」との御墨付きあって、披露するに凍てつく周囲。

選曲とてそれほど悪趣味ではないし、腕前とて。「あれは先輩の持ち歌だから」と聞くも「譲っておいて、それはなかろう」と、どこぞの区長の送別会に聞いた。苦い経験は不思議と記憶に残るもので。気になる曲名や「亜麻色の髪の乙女」、だったか。

久々に訪ねる御宅にて庭に遊ぶ子供たち。爺様や御在宅か、中に。難聴に長寿多しとは知られたところなれど、当人も御多分に漏れず。そこに口を挟まば逆効果、黙して聞くこと三十分、長居を詫びんとして、これからが本題と。

南北の風土差は今に限らず。山坂の通学に自然と筋力が磨かれて向かうところ敵なし。生田の山猿といわれし当時、市内唯一の好敵手とされた南の川中島中。都会に生きる彼らは馬力よりもスピード重視の科学的トレーニングをいち早く取り入れ。

両校の因縁たるや陸上に限らず。超中学級といわれた二年生投手を擁する相手に勝利して掴んだ優勝の翌年。前年の雪辱を果たさんと立ちはだかる剛腕を準決勝に破り、迎えし決勝戦。五回裏、二死満塁の窮地に打球が転がるは三遊間。してやったりと油断した本人の股下を転がる白球。

仲間の失策を補わんと猛突進の中堅手も後逸にて走者一掃の三塁打。翌回に一点を返したものの。腰が高かった、と述懐する当人の御齢九十歳。いや、それ以上に相手の話をつぶさに記す私の記憶力とてまんざらでも、どうでもいいナ。

閑話休題。もう、これ以上は一歩も動けぬ、と、そのまま倒れていては疲れ癒えるはずもなく。帰宅後は「もう一度」外に。これが仕事からの開放感も手伝ってか不思議と走れるばかりか、翌朝は爽快な気分で。睡眠とて量より質。日々の生活においていかに良質の睡眠を確保するか。そこにこそ健康の秘訣が。んなエラそうなことを申しても泥酔に深夜の帰宅となれば実践できるはずもなく。

新緑の季節、杜の都にて緑化フェアが開催中と。現職の議長殿の誘いに伴をしてみたものの、尽きぬ談議に進む酒量、記憶途切れて次に気づくはベッドの上。老いたる証拠か目覚めだけは早く、寝坊せぬが救い。倦怠感を取り除かんとシューズを履いて。

前日に案内いただいた会場を早朝に訪ねるに見かけるは昼とは違った面々。会場に咲き誇る花とて手入れなくば。成功の陰に功労者あり。途中、威厳ある校門の前に大きく貼り出されし看板には「あと十五日」と。文化祭か、目を凝らして見るに、二高一高硬式野球定期戦とあり。

二高とあらばどことなく一高の後塵を拝しとるように見えなくもなく、因縁の相手に燃え上がる対抗心。そうそう、部員ならずとも若者にはそのくらい夢中になるものがなければ。私も負けじ、と駆け上がらんとすれども二日酔いの身体には青葉城の坂がキツく。

(令和5年4月30日/2778回)