五番

狙い夜に定めるは盗人に限らず。人目を避けんとするに。いや、こちとら人目は気にせず、たまたまそこしか。本来の専門はこちらにて、んな日に百球なんぞ。

夜ランの途中に前方に浮かび上がる人影。後頭部、いや、失礼、あの背格好はその人しか。腕の振り見れば本人はランのつもりかもしれぬ、が、どう見ても。こちらのペースを落とさば必ず。無視は失礼、追い越し際に一言かけるに、おい、ちょっと待て、と言いたげな様子も。

そう、かつての相棒、元副議長のHセンセイ。昨年四月に退かれた身なれど未だ通夜等にてお見かけすること少なからず。義理固いよな。大概、向こうから声をかけて下さるに。こんど酒でも、なんて水を向けようものなら。やはり相手がいるというのは人生の宝。

「補欠」と知ってか知らずか、向こうの勧誘に応じて以降。月一回およそ三十キロのコースを走り風呂とメシをともにして解散、とただそれだけの部活動なのだが。フルの距離とて全く気にせぬ面々、走る以上にずっと口が回っとるのだからいっそ部名を変えたほうが。まぁそんな時の話題というのはおよそ。話が知られてはそちらの立場も。いや、もう既に。そう、近々どこぞの女性市議を新入部員として迎えるとか。

昨今なんぞ患者が必死に症状を訴えとるというに向く方向は机上のパソコン。やはり、問診、視診、触診こそが医者の原点。いや、それは追い越し際にペースを緩めるようなもの。次なる患者が待ちわびとる以上は余計な話は聞かぬに限る、んな言い分は分からんでもないが、診察に患者を一瞥もせぬはさすがに。そこが歯科医となるとそうはいかず。そんな人物が遊び仲間の一人にてヴァイオリンを趣味とし。

誘われし演奏会にてベートーヴェンの五番、と申しても「運命」ならぬ「春」、そう、ヴァイオリンソナタを聴いた。ピアノの名手とされたベートーヴェン。ピアノが主体の時代にあってヴァイオリンをそれと対等、いや、前面に押し出した演奏形態、いわゆるヴァイオリンソナタなる新境地を拓いた功績や特筆に値するもので。ピアノならば「悲愴」「月光」「熱情」が三大とされるも、ヴァイオリンならばこの「春」か「クロイツェル」か。ちなみにクロイツェルは九番。マニア過ぎたか。

そう、市の情報提供に高石歩道橋下の渋滞対策を講じる、と見かけた。どこだそれ、って。うちの近所の交差点。「計画にない」「買収が困難」「鋭意努力」など聞き飽きた。余計な弁明はいらぬ、ただ、実行あるのみ。渋滞は短く、そして、質問も、と最短で終わらせどもちゃんとこちらの意を酌んで。何も拡幅ばかりが能にあらず。現行の幅員とて線形を多少ズラすだけで生まれる退避空間。道路いじるに警察の協力欠かせず、そのへんの連携が以前に比べ格段に。

踏切と近接する信号がちぐはぐであって、自動運転の時代にそんなバカな話があるかっ、と机を叩かば早速に翌月から交通量調査と、隣りの局からも駆り出されたらしく。おぬしのせいで、と現場からは随分な恨み買えども、その交差点だけ連動式の信号が導入され。踏切が開いた時だけ青信号が長く、いや、本当の話。それも近所で。

(令和6月2月15日/2835回)