手駒

親子以上に年差離れた御仁と同じ括りにされるは些か腑に落ちぬところなれど、隠居の身同士、夕涼みに酒でも、と誘いあり。亀の甲より年の功、相手に一日の長ありて。いつぞやに目にした「一秒遅れた時計」なる話が、と聞いて検索するに。表示されしは吉村昭著「遅れた時計」。「一秒」はないけれど、まっいいか、と早速に。

「高熱隧道」等の長編モノこそ知れど短編集は未だ。著者によれば、素材を探すが苦行、されど、短編こそが生き甲斐、というだけあって。登場人物の心の葛藤を描く作品は示唆に富み。疑似体験こそが本の醍醐味。そちらは架空なれど、今日の主人公や。

あの一件以来、後に知る訃報に弔意示す機を逸することしばしば。ばかりか身内にて葬儀を行う意味やそのへんの煩わしさにもありそうで。昨年、父君を亡くされた御子息から相談あり。年明けに市から突然の電話、用件を聞かば、この間の資産税評価に誤りあり、んなときはおよそ増減や明白。ゴネても変わらぬ税額に首肯してみたものの、ついては、この間の不足分の支払いを、との申出にカチンと。

おい、そもそもにおぬしらのミス。こちとて納税は国民の義務といわれた額をゴネずに払い続けとる中にあって滞納、未払いならばまだしも過去に遡及して払えとは何事、ならば徴税漏れの責任やいかに、と迫るに。法律上の建付けがそうなっとる以上、例外は認められぬ。全額とはいわぬ五年分を一括してその期限までに、と。応酬の末、一方的に受話器を置いてみたものの、今後の対応やいかに、というのが。

突然に降って湧いた話。払わずに済むならば。仮に払う、いや、払わざるを得ぬ、にせよ、こちらだけが一方的に従わされて、そちらの咎めなしでは道理が通らぬ、まずは市の責任を、との言い分は尤もなれど、時の首謀者や既に退職の身。今となっては「詫び」の一手しかなく、その手駒で憤慨する相手を宥め落とさねばならぬとは何とも不運な役回りであって、精神衛生上も好ましからず。

本来ならば全額を納めていただくべきところ、せめて五年だけ、残りは時効などと割得をチラつかせてみるも遡及の事実には変わりなく。いや、そればかりか、逆から見ればそれ以前の分は貰い損ね、つまりは市の税収に穴があいており。立場上、こちとて脱税を指南する訳にもいかず。逃げ得がありえぬ以上、猶予や分割等の「条件」を詰めたほうが、との助言もどこまで。

あくまでも当事者側の話にて市側の供述や知らぬ。が、こじれにこじれる中にあって、執拗に追い回すは逆効果、しばし冷却の後こそ。が、つきまとうは追手の恐怖。早かれ遅かれいつかは着信が。とするとその煩わしさに苛まれる位ならばいっそ今日にでも、とは言えなんだ。

当時の杜撰さをあげつらえども当の父君とてそちらに奉職されておられ。度が過ぎては草葉の陰から。それにしても夕涼みの冷酒はよく効いたナ。

(令和6年8月5日/2869回)