県議
得手不得手でいえば後者。卑下せずとも話下手、というのが自己評価にて、「よかった」などと言われるとこそばゆく。
県政報告会、つまり主役はそちらであって、こちらは前座、脇役に過ぎず。中には物好きがいるやもしれぬ、が、少なくとも大半の目当ては意中の県議な訳で。前日にありし支援者からの打診。彼の報告会後に軽く一杯でも。
押せ押せの予定に前以て車を戻す余裕なく、来賓の挨拶後に予定される本人の話の間に抜け出して、などと不埒な想いが。当日の来賓席や私以外に参議の秘書一人。さすがに短すぎたか、と退席後に反省すれど、その後に次から次へと来賓が。いつもの長い話が延々と続いてようやく主役の登壇となるも聴衆に浮かぶは疲労感。
所要時間は三分にも満たず。えっ、それで終わり?もそっと何か、と渇望感を抱かせた私の挨拶が来賓中の最高点、と参加者の御婦人から。偶然の産物に過ぎずも、バルフォア卿の名言に倣うならば、多く聞き、少なく話し、あとは。
さて、予算審査も大詰め。与えられるは各自三十分の持ち時間。何せ全員が等しく権利を有し。折角の権利を行使せぬとは風上にも置けぬ、との声が聞こえども。ならばそんな模範生が選挙で上位を占めるか、といわれれば、いや、むしろ。何せ「熱心」の裏返しが「欲深」だったりも。三十分、使い果たして満足するは当人位なもので、自己陶酔に浸りて周囲が見えねば有権者とて。
そう、肝心の私の質問の趣旨や。日中一時支援、通称「障害児者一時預かり」は障害者とその家族の福祉向上を目的とし。集団生活に適応できるよう適切な指導と訓練を行うとされるも、ならば適切な指導と訓練とは何ぞや、と。
指定されて以降、彼らの情報源はほぼ市の窓口に限られ、あえて甘んじるものにあらねども手探り状態が続き。いづれも要綱に則って運営されているに違いなくも、そこでの過ごし方は千差万別。それでいいのか、とは彼らの社会適応に意欲を燃やす法人の理事長。
ABAなる行動療法を専門とし、発達障害の児童への支援惜しまず。確かに当該事業所における利用者の評判は上々、評判を聞きつけて申込みも絶えず。ならば、何も他に干渉せずと、と思えども。所詮、一人の人間が出来ることに限りあり。本来ならば市が自ら専門員を抱え、水が高きから低きに流れる如く浸透を図るが理想。
それが叶わぬならば我々がその役割を果たさん、勿論、無償にて結構。それで保護者の苦悩が少しでも軽減されるならば、との善意。それは立派な心構えなれど、見方変えればあえて敵に塩を送るようなもの。相手を利するだけで、利用者がそちらに流れては自らの屋台骨が揺らいでしまわぬか、と。いや、それでこそ本望、と理事長。
横の連携が薄く、隣の事業所が見えぬ。市の関与を得ながらも意欲ある事業所には他に学び水準を上げていく。市の傘下にぶら下がりし事業所群。個々に似た対応に追われる位ならば彼ら同士の情報共有を図らば市の担当の負担とて。そこに捻出された時間を他に。
ということで、事業所間同士の意見交換、連絡会の創設を求めるに、待ってましたとばかり。そりゃ質問の時間とて短くなる訳で。
(令和7年3月10日/2911回)
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