美顔

テープの先に待ち受けるはイケメン男子。ゴール後に首にかけられるは完走メダル、ならぬティファニーのペンダント。完走後の豪華特典は国内屈指とされ。今年から完走賞はバカラのタンブラーとされるもイケメン男子は健在。

イケメンならぬIさんが名古屋ウィメンズマラソンに出場されたそうで。大会名に見るまでもなく女子だけの大会のはず、男子禁制にあって何故に。視覚障害者の伴走、ならば私も。出場の条件や相手からの指名と聞くにアテなく。当人が綴りし非日常の体験談を目を皿にして。それにしても完走タイムが早かったな。

かと思わば、ヨガのインストラクター、旅行か修行か、インド滞在に十日間。土産話もそこそこに、この春にヨガの権威、先生が来日されるゆえ、ともに一日をどうか、ちなみにイケメンと。修行などとエラそうなことを申しても所詮は。

自宅にて手にするは子の卒業アルバム。並ぶ同級生の中にあって、彼こそは東大にあるまいか、と聞かば、まさに図星、何故に顔だけで、と訝る息子。顔の美醜は問うてはならぬというけれども人の好みや様々であるし。御法度と申しても口に出さぬだけですべからく世の関心はそこにあり。

今は亡きKさんなんぞも「顔で七割」が口癖、およそ初対面の第一印象、人を見る目に狂いなし、と。されど、あくまでも七割にて確証に至らず。ゆえに、話して二割、呑んで一割、で全てが埋まる、そうで。

顔立ちに品の有無など生まれつきなれど、顔つきは日々の中に変化するもの。イケメンにあらずとも清潔感というか、他人から嫌われぬ顔でありたいもの。腹心から推挙された人選を拒むはリンカーン。理由問われて、顔が気に入らぬ、男子たるもの四十にして自らの顔に責任持つべし、と述べた逸話をご存じか。いや、何も四十にならずとも。

「顔って全部出るじゃない、性格とか、育った環境とか」とは高校生同士の会話。舞台は同校伝統の行事「歩行祭」。ゴールまで八十キロを夜通し歩くは苦行以外の何物でもなく。みんなで夜歩く、ただ、それだけのことが特別に見える不思議。

高三ともなれば尚更のこと。振り返る三年間に分かれる進路。意中の男子への告白を果たさんとするも。乙女の葛藤にがんばれ!って。友情あり恋愛あり家の悩みあり。当人の作品は「蜜蜂と遠雷」以来。

仰げば尊しわが師の恩。今さらながらに聞く担任の評価。おじいちゃんなれどいい先生というのが。ちょっと待て、おじいちゃんと申しても定年前ってことは私と同じ五十代。それでジジイ呼ばわりは解せぬ。

卒業を迎えるに担任への御礼は欠かしてはならぬ、と告げ。卒業式の当日に用意されるは教え子らによる寄せ書きの色紙。渡されて涙腺緩むおじいちゃん先生がはなむけとばかりに三冊の本を紹介して下さったとか。ドストエフスキーならぬ恩田陸の作品とはさすが。恩田陸著「夜のピクニック」は高校生の微妙な心理を描いた青春モノにて卒業にふさわしく。

ならば残りの二冊は、問うに「忘れた」と娘。

(令和7年3月20日/2913回)