選良

本屋の徘徊が言わずと知れた趣味の一つ。と申しても朝の九時台、人もまばらにて。

おぅ、ヤマじゃねえか、と背後から。もしや、その声は。地元の兄貴分。どう転んでも本とは無縁のはずが。意外な遭遇に居合わせし理由をつらつらと、聞かれてもいないのに。ならば向こうの理由や。レジに見かけるは奥様。動揺見せるは負い目の証拠、か。

さて。座長は校長。地域の方々の御意見を、そんな類の会議に出席されたYさん。病魔に蝕まれる身も自宅にてじっとしておられず、自らの役目を果たさんと。

提案するは災害時における中学生の活用。足りぬ人手を埋めるに。彼らとて手助けしたくとも方法が分からぬ、せめて応急処置に関する基礎知識と三角巾の使い方位は知るに損なく。肩貸し一つ、そこに助けられし相手から御礼を言われれば。教育上の副次的効果も期待できるばかりか、地域の連帯感にも。

口だけに終わらぬがYさん、何せ当人はその道の達人、元々は本職の救命士、と同時に指導者としても多くの経験を有する身。労は惜しまぬ、謝礼もいらず、ひとえに地元の為に、との口上は万雷の拍手を以て賛同されるはずが。沈黙の中に提案が流され。隠せぬ動揺は朝の本屋の私に同じ。世の不条理を嘆くYさんの聞き役が私となり。

それはけしからん、今すぐに校長に電話を、とは性急。ただでさえ多忙とされるに余計な仕事を増やしてくれるな、というのが学校側の本音。そこを察した上で策を弄すべきところ、いかんせん昭和の熱血漢ゆえ。

「やって当然」との先入観が前のめり、裏目に出たと察するが妥当か。いや、学校側とて拒むにせよ折角の提案なのだからもそっと機転を利かせて。そのままでは報われぬYさんの善意。校長と直談判に及ぶはやぶさかならぬもそんな時は。

「実はYさんが」と顛末を伝えるに、「わかりました。うちで何とか」と二つ返事は隣接小学校の校長先生。当人の性格、中学校側の事情もよく知るだけに。そう、弱い人に寄り添わんとの、人の機微が分かる人こそ管理職に。

最近読んだ本に権力にまつわる一冊あり。副題には人間社会の不都合な権力構造の一文。権力者が腐敗しているのか、権力が人を腐敗させるのか。心理学では必ず登場するあの実験。スタンフォード大の看守と囚人。環境が人を変える、誰しもが残忍性を秘める可能性を示唆する好例。とすると権力が人を豹変させる。

はたまた「その手」の人物が権力に惹かれるのか。壮大な社会実験の場となりうるのがこの世界。制度に基づき合法的に選ばれた選良でありながら。とすると制度そのものに欠陥ありて、権力の腐敗は制度が生みだした副産物にあるまいか云々と。

様々な考察から腐敗の構造を導くに。古来、心理学の名著少なからずも気鋭の学者が挑んだ一冊、何せ題名が。「なぜ悪人が上に立つのか」(ブライアン・クラース著)。こんな本ばかり読んどるから予算に疎く。いや、生きていく上でこちらのほうが大事かも。

(令和7年3月25日/2914回)