秩父

世に似た人が三人、とか。ある日、キャディマスター室の前にて自らのバックを物色するに。支援者によく似た人物が。されど、何せ車で三時間、人里離れし秩父の山奥。それも利用者の九割が地元民とされるゴルフ場ゆえ。

「似た人」とは申せ、よく似てるな、とまじまじ見るに。こちらの視線に気づいてか向こうも。目が合ってしばし。えっ、まさか。以来。その温厚な人柄はプレーにも。ミスあれども照れ笑いで朗らかに周囲を和ませ。本当に好きなゴルフを純粋に愉しんでおられる姿勢に教わること多く。

人づてに聞きし訃報、にわかに信じがたく。つい、こないだまで元気にプレーしていたはず。その顔立ちにその性格、住所はどこぞ、と照合するに頷く相手。それにしてもこれほどまでに知られておらぬ不思議。いや、待てよ、そんな時の為の町会長。聞かば初耳と。やはり。

意を決して御自宅に赴かんとするに喪服、黒ネクタイはリスク高く。香典だけ忍ばせ。呼び鈴を鳴らすに。にこやかに出迎えて下さる奥様。こちらを察してか、用件を告げる前に。主人に会いに来たんでしょ、どうぞ中に、と。遺影を前に手を合わせ。

その後に聞かされるこの間の経緯。末期がんとの診断も本人に自覚症状なく。倒れし前の日も変わりなく。が、身を蝕みし病の進行がもたらすは心疾患。病床に横たわること一か月。奥様の必死の介抱むなしく永い眠りに。昼間の不在は日常のこと、でも夜は。今も帰ってきそうな気がして、と。

帰り際、居間の隅に置かれしゴルフクラブが目に留まり。使い古しゆえアテなくば捨てるつもり、と語る奥様に。ならば一本と。Wさん愛用のパターを手に18ホールのラウンドを終えた。

百年を誇る母校の同窓会。会報誌の編集が大詰め。返信はがきの通信欄に記されし近況を入力するというのが私の役目。見るに伴侶の介護に追われ、との内容少なからず。かたや、巷にあふれるは。

婚後、数年ならばいざ知らず、十年、いや、三十数年と聞くに。この期に及んで何を今さら、と年長者を諭さんとするに「まだまだ甘い。そもそもにおぬしとて、それだけの不在が許されるは不自然。いつか必ず」と。いや、確かに土日含めて家に居たためしなく。何せ、なるべく遅く帰宅せよ、というのが三か条の約束事。

一部にその自由奔放ぶりを羨む向きもあるかもしれぬ。が、あの当時、放課後のグランドに遊んでいた子供が一人減り、二人減り、さながらハイドンの「告別」が如く。こっちは帰るに帰れぬ事情が。さりとて、大の大人ともなれば何かしら。夜ランかファミレスの読書か。

家におられては迷惑というのが。ならばいっそ別々の人生を、となりそうなもんなれど、子の親権に養育費、慰謝料云々と協議に要する労力。そのへんの損得を天秤にかけてか。そこまでせずとも、まぁそんなもの、と述べるに。誰もがそんな認識から突如、と。

(令和7年7月26日/2938回)