左手

マラソンに准えれば彼らは100kmランナー。「上手い」は当然。見るべきは仕上がり具合であって。「上手いですね」ならぬ「仕上がっていますね」こそが彼らへの賛辞となり。

小麦色の肌がもてはやされるは過去。今や美白の時代にあって。それこそが活動の証、参院選も然り、などと述べるに、言うほど姿を見かけなかった、と相手。いや、ちゃんと駅頭時の証人もおるし、そりゃ言いがかりってもんで。

ならば、その左手の意味やいかに、と聞かれ。プレーに欠かせぬグローブ、手の甲が白きはゴルフ焼け。んなヘマはせぬ、と両手を見比べて気づかされる相手の意図。やはり。

そう、過日の句会にて。電車内で一息ついたら女子高生の一団がハンディファンを、なんて句を見かけ。かたや、炎天下の現場では扇風機付き作業着が流行とか。本市でも清掃員にアイスベストなるものが支給されるも、とんと見かけぬその着用。折角、支給されたのだから、との声あり。その心理を察するに。

職務上、義務付けられるは長袖長パンに帽子。過酷であればあるほどに着慣れた格好に限る訳で、この灼熱下に重ね着など。そこを意図するならばむしろ逆。厚着よりも薄着、半袖短パンといかぬまでも快適で機能性に優れた作業着こそ。つまるところ「億劫」というのが。

いや、それは食わず嫌いってもんで、親の心、子知らず、せめて一度着てみれば、というのが買い与えた側の。否、この状況下にあって何かしら対策を講じておかねば万が一の際に責任を、なんて上の保身絡みも否定できず。

とするに、そのへんの誤解を払拭する意味でも事前の段階で。仮に同じ結論だったとしても彼らの意向を聞いておかば着用率はもそっと。惜しまれるひと手間。まずはそのへんの風通しから。

早朝に夕方のみならず、昼の炎天下を走っとるバカ。何を隠そう私もその一人。さりとて、そこに身を置くに不思議と。観測史上、などとはやし立てられるに削がれる外出の意欲。ましてや純粋な高齢者など。が、全ての高齢者が純粋とは限らぬ。

んな警告もどこ吹く風、脅しには屈せぬと。外出に駆り立てるは。おらがセンセイ、米寿を前に炎天下のゴルフに興じておられる、ばかりかエイジシュートの記録をたびに更新中とか。そりゃ時にそんな稀有な御仁も、いやいや。

ひきこもりなど退屈でかなわぬ、室内よりも外。ましてやゴルフとあらば、という狂人は少なからず。請われて相手をするに、口からもれるは後悔なれど、口と身体は別。悔いるというよりむしろ愉しんどるようにしか。それでいてスコアも。一見、不健康に見えても実は、なんて。

冷房の室内にいるのは確かに快適。が、やはりそこに慣れるあまり。適応力を甘く見ることなかれ。ましてや思考はヒトに与えられし特権であって、自らの意思で適応力に磨きをかけることが出来るのだから。疲れない身体、疲れにくい身体は自ら。

(令和7年8月11日/2941回)