美談
戦後八十年、語り継がれる戦争の記憶。全ての責任は自らにあり、わが身はいかになろうとも、との陛下の御心こそが、と語り聞かせるに。作られし美談、と一笑に付す妻。何たる不遜、自身ならぬ相手の回顧録にそうあるのだから。誤解なきよう付け足すに、当人の実家は過去に皇室に米を献上した由緒ある家柄、のはず。
そう、ついこないだ、「現場」に向かう途中、助手席のI君に聞くはあの選手の逸話。さりげなく拾いしゴミ。やはり大選手たるものは別格、ともてはやす周囲。ゴミは他人が落とした運、拾うは自らにツキを呼ぶ、と語ったことが巷の美談として。拾うに実際にそんなことを、というのがI君の。
これから行くゴルフとて、スイング時に刈り取った芝に砂をかける、ボール落下時に生じたグリーン上の凹んだ穴をなおす、他人様が放置した分も直さば神様がいつか、などと言われるに本気でそう信じとるヤツがいるとすればむしろ日に百球を。あくまでも一般常識の話。直すに大した手間になく、ただ、そういうものとして。
そもそもにゴミに運とは個人の解釈。そこは見逃すにせよ、何も他人様のことまで。仮に「落とす」にせよ、その運を相手に返してあげることこそ。子供に勉強させるに褒美をぶら下げるようなもの。価値観はそれぞれ、動機は不純とて構わぬが、それが「すごい」と言われると、そこまですごいか、というのが。辛口な人ゆえ。
閑話休題。昨日まで支障なく使えていたものが突然。昭和のテレビならば叩くに繋がることもあったやもしれぬ。が、USBメモリーとあらば。画面上に表示されるメッセージや「デバイスを認識できぬ」と。いや、認識不能と出るのだから認識はしとるはずで「中身が見えぬ」というのが、いや、んな屁理屈よりも。
名簿こそ別なれど、日々のデータ、ブログの原稿などは二の次、何よりも〆切迫る同窓会の会報誌の会員の声を入力終えたばかり。あとはメールで送付するだけ、と。あの時に送っておけば、後悔先に立たず。盆休み返上にて。
休日返上で復旧進むはこちらも同じ。市民ミュージアムの収蔵品。そう、あの台風に地下の収蔵庫が水没。保管されていた収蔵品が水浸しにて。復元を進めるに投じられるは毎年数億円。この間の累計34億円とされ。それが市の瑕疵か否かは別にして大切な品々が被害に遭った以上は市の責任で、との理屈はあるやもしれぬ。が、復元後の価値やいかに。
そもそもに収蔵庫に「保管」されていた、ということはつまりはそういうことで。寄贈と申しても折角の申出を無碍に断れぬ、とりあえず、と。ましてや計画予定の新たなミュージアムなどは従来に比べて規模縮小とされる位だから余計に。モノがモノだけに捨てるに捨てれぬ、一方で放置するにも批判免れず。贖罪の念から金銭を投じているとすれば。
何よりも出口が見えぬ話。復元に要する総額は未定だそうで。既にそれだけの額を投じた以上、退くに退けぬ、なんて認識が推進力になっているとすれば。もそっと先を見越すべきにあるまいか。
(令和7年8月15日/2942回)
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