学区

災害時の避難所となる小中学校にて整備が進む下水直結型のトイレ。が、肝心なその先の下水管の耐震性やいかに。本来ならば役所が目配りするところなれど当人の善意が勝り。

そんなYさんが次に狙うは「学区」。そう、防災訓練等において目にすること多き基準なれども学校側の事情にて変更が行われる中に混乱を招かぬか。つまるところ、縦割りの弊害というか連携不足が災害時に、ということらしく。抜かりなきよう注意払うに際限なく。

ボーイスカウトの総会にて求められし挨拶。まぶしき新緑、山が呼んでいる、というか、山にでも行くか、と子らを誘うに拒絶示すは妻。理由はクマと。そりゃ人と違って理性ないのだから助け請うても許してくれぬ。遭わぬに限るも遭わぬ保証なく。であるからこそ山行くにあれこれと知恵を絞る訳で。

山に行かぬ、も一つの選択肢やもしれぬが、諸君におかれては動じずに云々。今や答えはAIが出してくれるかもしれぬが、大事なことは自然の中に身を置くこと、頭を使うこと、そんな話を保護者らに。報道に駆られる不安やクマのみにあらず、且つ、んな時は得てして負に作用すること大半であり。

そう、最近、目にすること多きは生徒が巻き込まれる事故。運転手本人の過失は言わずもがな。求められる会見に問われる学校側の責任。聞かれれば非は認めざるを得ず。されど、というのが。

上は知らぬ存ぜぬ、下が勝手に、とは組織にありがちな釈明なれど、ならばバス会社との契約が整っていれば事故は無かったか、といわれれば、そこに絶対はなく。様々な要因が絡みし悲劇。が、混乱の現場は彼らにとっては格好のネタ。それこそが彼らの見せ場であり。食い違う両者の証言に真相やいかに、なんてのは視聴者側の心理を巧みに利用したものなれど、世につまびらかにせぬほうが都合がいいこととて。

そう、部活動の顧問なんぞ無報酬の善意以外の何物でもないはずであり、そこまで責任を負わされるに意欲とて。そもそもに部活動は任意、少なくともそこには保護者を含む本人の意思もあったはずで。預けるは相手への信頼。そこには目に見えぬ絆と信頼が。

バスによる遠征とて出費を抑えたい保護者側の意向はなかったのか、と言われれば。そこを全て顧問に負い被せるは果たして。当人とて大事な教え子を失いし悲しみに消えぬ贖罪の念。部活動の顧問を受ける位だから責任感は人一倍。そこに想いを馳せるに。

当事者以上に騒ぐ外野、非を詫びよとの大合唱に、以後、二度となきよう、と繰り返される口上。たびに進むは規制の強化と厳重な管理体制であり。ならばいっそ部活動など。

余計なことはせぬに限るとの風潮が広まるに困るはいつの世も弱者であり。廃れゆく部活動。衰退のツケは子供たちにマイナスと思うは私だけか。

そう、御節介とは失礼ながら冒頭のYさんのような御仁には益々活躍してもらわねば、なんて。

(令和8年5月15日/2995回)