苗字

こちとらどこにでもある平凡なものだけに、そんな話を聞くとたいそう御立派な家柄ではないかと羨望の目を注いでしまうんだけれども、源平藤橘の四姓、後胤を称するのは眉唾多しと本にあった。そうだよな、そもそもに平民に苗字が許されたのは明治以降なのだからさもありなんと。筆名とされるその姓に当人の嗜好が窺い知れるんだけど、目下、ある御仁の薦めで司馬遼太郎著「この国のかたち」を読んでいて気付かされることが少なくない。全6巻ながらも雑誌の連載コラムを単行本化したものだけに一話が短く、字が大きいのが多少の救いでこれがドエトエフスキーの長編並みだったら...10ページが限度かも。
そんな一冊に「本来静かに寝かせておくべきもので、わざわざこれに火を付けてまわるというのは、よほどの高度な政治的意図から出る操作」とあった。やはり見知らぬ土地では何かと不都合が多いのはどこも同じ。郷に入っては郷に従えの格言が如く他人様の国なのだから致し方ないものの、自国の扱いを棚に上げてそれ以上の権利をよこせなんてのはさすがに虫が良すぎてそのへんが火種になっているんだろうけど、欧州を席巻する極右勢力の急先鋒がいみじくも左右の発祥の地で苦杯を嘗めた。
敗北とは申せどそりゃあくまでも大統領の椅子を巡る争いにて右は右でもさすがに「極」となるとその過激な言動に嫌悪感を示す方がいないとも限らず、それが少なからぬ支持を獲得する背景には「火を付けてまわった」成果もあるんだろうけど、治安悪化を招いた元凶の寛大すぎた姿勢への鬱憤もある訳でそのへんを汲み取らねば進路を見誤りかねず。背水の陣にて捨て身の攻撃で攻め立てる相手候補に過激な政策は国民の分断を招くとテレビ討論を制した史上最年少のイケメン候補、担任の先生を生涯の伴侶に選んだだけのことは...関係ないナ。
排斥といえばわが国とて自ら「勝手に」断絶を宣言して門を閉ざした時代がある訳でそれはそれで不都合なく平穏を保てたのだから功罪相半ばか。その後、ペリー提督率いる黒船来航に肝を抜かれて混乱する国内に攘夷思想が席巻したことを評したのが前述の火を付けて回る云々の一文であって、初巻の刊行は90年1月と随分前の話なんだけれども今に通じる中々の慧眼ではないかと。
そう、大統領選といえばもう一つ。「最終的かつ不可逆的」と不退転の決意を明記したあの合意に両国の関係改善を期待した方々も少なくないはず。勝利者のみならず候補者全員が破棄か再交渉で足並みがそろったというのだから何とも。在住者に聞けば現地のカフェでは今以て若者などの話題の大半は日本のことだとか。外交官による紆余曲折の汗と涙の合意をいとも平然と覆すとはまさによほど高度な政治的意図から出る操作としかいいようがなく。君子豹変に淡い期待を寄せてみるも、内政不満を弛緩する劇薬の後遺症は重い。
(平成29年5月12日/2347回)