恋文

鬢髪に霜が交じりし年齢とあらばいつ迎え来ようとも悔い多からずも幼き命を狙った卑劣な犯行は慙愧に堪えぬ。悲運にも狂人の刃に散った罪なき故人の御冥福を祈りつつ、未だ生死の境をさまよう命が救われんことを願うばかり。無差別殺傷に指示される通学路の安全点検。その効能こそ否定せぬも物理的な防犯対策のみで防げたか。そして、何よりもその場に居合わせたならば凶器有する相手にどう対峙していたか。エラそうなことを申し上げても他を見捨てて一目散に...。その可能性とて否定できず。
互いに伴侶得た中にも続く文通。御主人に先立たれ、進む認知症に施設の病床上の日々。されど、届いた手紙を読んで聞かせればそれを胸の前で握り締めるのだとか。「今後とも母の為に」と記された御令嬢からの手紙に片道の恋文を決意したと。浪人時代に渡された「男子っていいな」と記されし色褪せた一通は今も大事に仕舞ってあるとか。
奥様に内緒にしとくから一度会いにでも、と背中押さばそのへんはさすが金婚終えし傘寿の恋。文通は奥様の知るところだとか。ほんとかなー。そんな初恋のきっかけは中三の夏、校内に突然倒れし生徒。原因はてんかんの発作にてそんな知識ない周囲が動揺して慌てふためくをよそ目にその傍らでその女子生徒が必死に介抱をされた姿に一目惚れとか。
さて、郷里の母から手紙が届いた。祝意なく小言のみ綴られているのだけれども文中に「タクシーを待たせるな」とあって、はたと気付く、公用車か。さりとて、こちらが到着を待ち受ける程度の労は厭わねど向こうの心中慮るにやはり順序通りのほうが...。が、何も公用車は朝ばかりではなく、途中の会合は早めに。
そうそう、あてがわれしは部屋と車のみならず。「肝心の駅頭は手伝ってくれるのか」とはおらが後援会長の所感。まぁこちらに指名権なくあてがわれるままに「文句も言わず」従っているのだけどこれがどうして随分と重宝しており。まぁ元々にその位監視の目が光らねばロクな仕事はせんのだけど。
兎にも角にも挨拶の機会が少なくない。以前であれば紹介後の一礼で許されしも今や壇上でそちらを「代表して」挨拶せねばならず。およそ来賓の挨拶ほど互いの意識に乖離あるものなく。聞く側の耳に残るは十に一、というよりも...長い。それでいて「いつもの口上」とあらばかえって評判下げかねず。原稿はちゃんと市長の分も用意されていて事前に届くのだけれども読まれたためしなく、ならば私も...と。
招かれし技職能団体の総会。渡されし原稿には大量消費社会においてぬくもりが見直され云々とあった。今や3Dプリンターなんて文明の利器にボタン一つで寸分狂わぬ精緻な作が完成すれどその材質が木とあらば生き物ゆえ同じ形を留めぬ。木の癖を見抜くことに運慶の運慶たりうる所以があって...と稀代の名工の話を御披露申し上げた。
こんなもの要らぬとエラぶってみても転ばぬ先の杖が如く懐に忍ばせておくだけで安心感がまるで違う。巷の批評家は辛口多く、秘書が用意した原稿片手に退屈させぬ内容を何とか。いや、その後に続く乾杯、やはりじっと堪えた後の一杯のほうが格別に旨かったりもして。
(令和元年5月31日/2502回)