商人

「生かすも殺すもおぬし次第」は時代劇の常套句。現代風「戦争か平和かは相手次第」で有名な敵の出方論は善人を演じつつ、都合の悪い判断を避ける戦術の一つにて後出しジャンケンならば...。

オレがかねて主張してきたことが実現とか、あそこの道路はオレが広げた、ってカッコいいか。目の肥えた有権者が相手とあらば逆効果になりはしまいかと。余計な御世話だナ。可否いづれも反響招く以上は言わぬが花、沈黙を貫くが賢い選択、訊くだけ野暮ってもんなれど最近なんぞは聞かれる前に「貰わぬ」などと自慢げに。ということで今日はそんな「給付金」含む経済対策の話。

総額8千億円の予算規模に対して、1千8百億円とあらば異例の度合いが見て取れる。その大半を占めるは一律十万円の給付金。が、それ以外にも少額ながら子育て世帯やひとり親世帯への特別な支給と目配せ欠かしておらんのだけれども注目は「川崎じもと応援券」。利用者に選択の機会を付与するとともに、市が上乗せを図ることで更なる消費需要を喚起し、直接給付以上の経済効果を生み出そうとする狙い。そんな応援券も利用者に買って貰わねば無意味。「最低でも市内」は言わずもがな、対象店舗を絞らば勝手の悪さに繋がりかねず。

が、その前に体力が続かぬ、寿命尽きては役に立たぬ。市が上乗せるは応援券ならぬ県が店舗に支給する協力金ではないか、との声。世に一律の給付すら拒む御仁がいる位だから施しを受けずと規制さえ外して貰わばあとは勝手に、商人たるもの稼いでなんぼ、との矜持有する方とて...いるかナ。追随せねば米騒動でも起こされかねず、「配る」と申してみたものの、川一つ隔てただけで五分の一では。

新型コロナ対応に銘打った国の交付金は総額一兆円。それを都道府県と市町村が折半。交付金のほぼ大半をそこに投入すれど埋まらぬ「著しい」格差。都は更なる「独自」財源を投入するも川の手前は無い袖振れぬと矛先向けられる県下の市町村。要請は県で行われた以上はそちらの責任で...となるべきも巷の惨状見れば見捨てておけず。前述の応援券とて財源は「全額」「国」の交付金。市単独の財源措置を講じぬはなぜか。

年度途中とあらば既に余剰なき予算。国の財源捻出は赤字国債。が、地方債には「特例」債は認められておらず。本市への交付見込みは四十二億円。それが、想定を遥かに下回る二十一億円しか入らぬと。突然の宣告に「はっきり言って、なんだこれはという少なさだ」との市長の発言が掲載された記事を見かけた。覆水盆に返らず、支給元だけに相手が悪く。

予算書に記されしは当初の額を前提とした歳出。実際は足りぬ歳入をそのままに歳出を認めてくれなんて虫のいい話はあるか。本来であれば財源の裏付けを明確にするか、身の丈に合った歳出にするか。「入るを量りて出づるを為す」が財政のイロハのイ。足りぬ財源への対応聞かば予備費からの流用云々と並ぶ御託。何とかするってそんな埋蔵金があるなら直接給付だって...。

「認めぬ」と付き戻すが本来なれど一律十万円の支給遅れては袋叩きに遭いかねず。常任委員会に戻れば付与される質問権も立場上は慎むべしとの不文律。犯して「二度目はあり得ぬ」と苦言を呈した。

(令和2年5月15日/2570回)

川崎市議会議員 山崎なおふみ

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