冷房

足りぬ授業日数、異例の繰上げに生じる不都合。稼働音がする以上は故障ならず、一応の風は出とるではないか。休暇前から騒がれども一向に修繕の気配なく、保護者の批判がこちらに向いた。GIGAスクール構想などと莫大な予算を投ずる余裕あるならばまずは足元の改善こそ焦眉の急。そもそもに動くに遅く。近海に姿なくとも季節近づかば台風に備えるは常識。事態は十分に予測できたのだから点検を怠りしは危機意識の欠如、怠慢と言われてもやむなしか。

言わずと知れた繁忙期にて手が回らぬ業者から見積入手後に稟議書を作成して、などと申しているうちに峠越えれば「まっ、いいか」なんて。最近などは家電と申してもスマホの故障に同じ、手間を省いてか代替品との交換が主流とか。どこぞの庁舎が如く全館一台スイッチ一つ、一人の休日出勤如きで動かす訳にはいかぬ、それでいて、燃費は著しく悪いばかりか万が一の故障時など...。部屋冷やす原理は同じ、これを機に部分最適による快適な教室を研究してみてはどうか。が、それ以上の心配はこちら。

ガダルカナルの敗因は戦力の逐次投入、だそうで、危機管理の基本は初動時における大胆な処置とか。とすると、全国一斉休校の判断などあながち間違ってはいなかったのではないか。今後は市内各校にサーモグラフィーカメラを配備して水際防止に努めるとされていて。そこに異論なくも目立つ臨時休校。学級、学年と段階踏むは「逐次」にてまずは全校とする判断。たった一人の為に。「安全」を優先するに無難な選択肢ながらも代償は小さからず。

真夏の冷房効かぬ教室にマスク着用は拷問に近く。効能こそ誰しも認めるところなれどその状況下とあらば思わぬ副作用が生じぬとも限らず。現場の権威こそ否定せぬも課した規則が常に正しいとは限らず、盲目的な追従の生徒は不憫でならぬ。「安全」は他人様からあてがわれるものにあらず、言われるがままに従っては脳が退化しかねぬばかりか相手が結果に責任を負う保証なく。責任を問われかねぬとの懸念に自己保身が勝れば悲劇生みかねず。むしろ自らの判断と自己責任の意識を育むことこそが最善の自己防衛になりえぬか。

少し前の里見先生のコラムに医療資源の限界を超えた際に避けられぬ命の選別について救命ボートに準えたものを見かけた。全員を救わねばならぬ、さりとて、転覆下にあって求められる救出の優先順位やいかに。誰もが否定できぬ命の重要性を説きつつもその先に踏み込まずに議論を逃げるはズルい、と確かそんな話だった。そこに悩むが人としての成長ってもんでまさに今の教育界に問われるはそこ。

危機下においてデマにフェイクと錯綜する情報に翻弄される国家。未曽有の事態に叡智結集して事に当たらねばならん時に、コロナ蔓延は総理のせい、なんて稚拙な言説を公共の電波に見るも民主主義の賜物。独裁ならばそうはいかぬ。国の統治体制を巡る議論がかまびすしく。無知なる大衆は一人の賢人に従うがラクな選択かもしれぬが、やはり聡明な為政者に統治された国家より大衆の叡智に支えられた国家が勝る、その為の教育ではないか。

(令和2年8月25日/2590回)